沖縄・やんばるに巨大ハゼ「ホシマダラハゼ」と美麗ハゼ「タメトモハゼ」を追う
沖縄・やんばるに巨大ハゼ「ホシマダラハゼ」と美麗ハゼ「タメトモハゼ」を追う
僕は学生時代の4年間を沖縄で過ごした。
そして当時最大の楽しみは友人たちとタモ網を担いで本島北部の「やんばる」地域へ魚や小動物を観察に行くことだった。
しかし、4年間もの猶予を与えられながら自力で捕獲することができなかった「憧れの魚」たちがいる。
タメトモハゼ(Ophieleotris sp.)とホシマダラハゼ(Ophiocara porocephala)というカワアナゴ亜科に属す二種の大型ハゼである。本州で釣れたマハゼ(Acanthogobius flavimanus)。普通イメージされるハゼってこんな小さくて地味な魚だよね。
山と渓谷社の「日本の淡水魚」でその姿を見て以来、いつかこの手で捕まえ拝みたいと願っていた。
しかし、個体数がさほど多くないことに加えて小型種よりも警戒心が強く、タモ網での捕獲は難しかったのだ。
そこで、沖縄を離れて覚えた釣りで挑んでみることを思いつき、僕は2014年5月に休暇を取って懐かしのやんばるを訪れた。やんばるの渓谷。タメトモハゼをはじめとする珍しい魚たち(特にハゼ類)の宝庫だ。
まずはタメトモハゼに全力投球!
とりあえず、まずはターゲットをタメトモハゼに絞る。欲張ってどちらも取り逃がすのはゴメンなのでホシマダラハゼはまた次回に挑戦しよう。
というわけでまず、学生時代にタメトモハゼらしき影を見かけた小川へやってきた。
タメトモハゼは底生性の種が多いハゼ類にあって、例外的に遊泳に特化したボラのような体型をしている。
一見するとハゼには見えないほどだ。タメトモハゼはこういう植物の茂っている細い淀みを好む。
しかも、その魚体には黄色と臙脂色の入り混じったまだら模様が散りばめられ、非常に美しい。
さらにタメトモハゼは大きくなると全長が25cmを超える。
美麗なハゼは沖縄では珍しくないが、これほどの巨大と煌びやかさを備えたものはタメトモハゼ(と近縁のゴシキタメトモハゼ)以外にはありえない。ないちゃーの感覚では信じられないような、非常にゴージャスなハゼなのだ。
鮮やかな魚体を思い浮かべながら、植生の茂みへルアーを投げ込んでいく。
すると、凄まじい勢いで竿先が引き込まれた。
「うお、もう釣れた!?」コイでしたー。もともと沖縄にはいないはずの魚。
…いや、いくらなんでも引きが強烈すぎる。
茂みの中から姿を現したのは40cmほどの金色に輝くコイ(Cyprinus carpio)だった。
なお、下流から探っていくと、アマミイシモチ(Fibramia amboinensis)が釣れる。森を流れる小川にしか見えないが、この辺りの水はまだ汽水らしい。もう少し遡ってみよう。
さらに少し上流ではチチブモドキ(Eleotris acanthopoma)らしき小さなカワアナゴばかりがたくさん釣れた。
その後も狙っていない小魚ばかりが釣れる。が、それもそれでなかなか楽しい。
釣れた小魚の種類を数えつつ、カニや昆虫にもちょっかいをかけつつ、ポチャポチャとルアーを水面へ落としていく。
すると水面に覆いかぶさった木の下にルアーが滑り落ちた瞬間、ククンと釣り糸が引っ張られる。
「おー、今度は何だろう?」と水上へ跳ね上がったのは、黄色みがかったミサイルのような魚体。
あっ、あっ!タメトモハゼだ!
慌てて濡らした軍手を着け(希少な魚なので、できるだけ身体をいたわる目的で)、宙にぶら下がる魚体をそっとキャッチする。記念すべき初タメトモハゼ。うれしい。図鑑で見る個体より地味だが、この子には手のひらで感じられる重みと蠢きと、あとヌメリがある。この直に触れることで得られる感動が重要なのだ。
あんなに恋い焦がれても触れることができなかったタメトモハゼが、まさかこんなに容易く捕れるとは。
…やはりタモ網一辺倒ではなく、当時から釣りなど他の漁法も身に着けておくべきだったなぁ。
だがこのタメトモハゼ、存外に色合いが地味だ。
図鑑や写真集で見てきたこの魚はもっともっと派手で花魁を思わせるような佇まいだったはずだ。
ただ、この魚の体色は個体差が激しいとも聞く。そういえば、雌はどちらかというとおとなしめな配色で、雄の方が比較的鮮やかに写るという説もあるようだ。
なら、もう一匹釣り上げれば、今度はイケイケファッションの兄ちゃんが見られるかもしれない。早々に釣れたことだし、しばしの延長戦へ。
こちらは模様も鮮やか!皮膚を傷めないように水で冷ました地面に置いて撮影する。なぜその気配りを人間の女性に向けられないのかとよく言われるが、傷つくのでやめてほしい。
一匹めをそっとリリースして釣りを再開すると、10分もしないうちに再び魚の反応が。今度は黄と赤の斑点がド派手な、20センチほどもある大型個体だった。
ああ、写真で見るより何倍も綺麗だ!すっかり満足して、写真撮影もそこそこに水中へ帰してやる。
後日、江ノ島水族館の展示水槽で見た特大のタメトモハゼ。体色も体格も鰭の長さも圧巻…。ハゼ好きの方は必見。
なんと同じ川にホシマダラハゼも!
満ち足りた気持ちで竿を仕舞い、川沿いを下りながら帰路につく。
タメトモハゼを釣ったポイントは純淡水域で、サワガニ類やスッポンなども見られた。だが海へ近づいていくにつれてそれらは現れなくなり、代わりにボラが増え始めた。潮の影響を受ける「感潮域」に突入したようだ。淡水と海水が混じり合う場所ではオニカマス(バラクーダ Sphyraena barracuda)の幼魚も姿を見せる。
と、その時。黒っぽい魚が浅い川底に張りいているのが見えた。彼は僕と眼が合うなり一目散に深みへと逃げ去った。
ライギョのような体型で、体長は30センチほどもあって、やんばるの汽水域に生息している…。
はっきりと見たわけではないが、以上の条件から考えられるのはホシマダラハゼしかいなかった。
ひとつのポイントに両方のターゲットが!こんな美味い話があるとは!僕は装備を立て直し、興奮で寝不足気味のまま翌日も同じ川へとやってきた。
ホシマダラハゼも捕獲!世の中には美味い話もあるものなんだなぁ。
翌日、ホシマダラハゼらしき影を見たポイントを再びそっとのぞき込む。…いた!
こん棒のような魚体がどっしりと水底に鎮座している。
「心臓の音が彼に聴こえてしまったらどうしよう!?」と少女漫画のヒロインのようなことを考えながら、眼の前にエサを落とし込む。
カエルのように飛びつく姿が見えた。竿がハゼを釣っているとは思えない勢いで曲がった。夢中でリールを巻くと、水面からそれこそ魚雷のように黒い塊が飛んできた。黄色く縁どられた大きな鰭。ぴょろりと伸びた鼻管。そして何より、40cm近くもある巨体。まごうことなきホシマダラハゼだった。うちわのように大きな鰭は鮮やかな黄色で縁取られる。
大きな口!ハゼというよりはまるでブラックバスのよう。
こん棒のような体型と、伸びた鼻管が特徴的。
日が暮れてからの方が簡単に釣れるようだ。
やや小型の個体。幼魚~若魚は体側へ鞍状に白っぽい模様が入る。
とてもハゼとは思えない太くたくましい体つき。それもそのはず、全長45cmにも達するホシマダラハゼは日本最大級のハゼとして知られている。
ちなみに、有明海にはハゼクチ(Acanthogobius hasta)というハゼが分布しており、こちらは全長50cmを超える。長さで言えばこちらが日本最大のハゼということになろうが、体型がドジョウのようにニョロニョロと細長い。体重で言えば、マッシブボディの持ち主であるホシマダラハゼに軍配が上がることだろう。
有明海特産の巨大ハゼ、ハゼクチ。体重部門の日本チャンプがホシマダラハゼなら、こちらは全長部門の王者か。
いつか食べてみたい
釣れたホシマダラハゼを静かに放流し、僕はホクホクした気持ちで沖縄本島を後にした。
まさか狙いの魚が二種まとめて獲れるとは。こんなに上手く事が運ぶ遠征も珍しい。
しかし、心残りがまったく無いわけではない。
あのぷりぷりに太ったホシマダラハゼ…。食べたら一体どんな味がすることだろう。一体どんなに美味いことだろう。
ぜひ試してみたかったが、ホシマダラハゼは環境省が定めるところの絶滅危惧種(絶滅危惧Ⅱ類)である。さすがに気が引けたので遠慮しておいた。
仔稚魚は一度海へ下り、海流に流されながら遠方の河川に遡上する両側回遊魚なのであまり意味の無い配慮かもしれないが、いずれ絶滅の心配が無いほど個体数の多い国を訪れたら、その際に一匹いただいてみようと思う。