ビワコオオナマズ釣獲記 ~日本最大の湖に棲む日本最大のナマズ~
ビワコオオナマズ釣獲記 ~日本最大の湖に棲む日本最大のナマズ~
この記事の主役となる魚の名は‟ビワコオオナマズ”。
僕はこの原稿を書きはじめる前からワクワクしている。だって、過去に撮った魚たちの写真を見返すのって楽しいじゃん?
ビワコオオナマズとの出会いへ
今回も背景から場所を特定できるような写真を掲載しない。だから文章ばかりになってしまうけどご勘弁を。
2010年2月、初めてのタイ釣行からの帰国便の中で、その年の目標を幼少時代からの憧れである”ビワコオオナマズ” と ”アカメ”に設定しようと決めた。
ブンサムランは色んな人にインスピレーションを与える場所
我ら平成生まれのゆとり世代はインターネットから情報を引き出すことが得意である。
そして僕みたいな検索魔がいることを知っているから、自分自身が運営するブログでは釣り場の情報の扱いには細心の注意を払っている。
その気になって一晩も検索すれば、ビワコオオナマズの生息地について“琵琶湖北湖”、“瀬田川”、“宇治川”という単語に絞り込むことができた。とりあえずその中から我が家に最も近い宇治川を選び、1週間通い続けてみた。
買ったばかりの大物竿
買ったばかりで慣れない長くて強い大物用の釣竿は扱いにくい。ネットで紹介されているヒットルアーは、どれも14 cmを超える大きなものばかりで全く釣れる気がしない。得意の沈むタイプのルアーは根がかりでどんどん無くなっていく。マナマズを釣る上で定番の表層ルアーは、3日目から投げなくなった。
とまどいの種は道具だけではない。野尻湖でスモールマウスバスばかり釣っていた当時の僕には慣れない川の流れ。自身の釣りの引出しの少なさに気づく良いきっかけとなった。
そしてなにより相手はナマズ。僕の最初のイメージは、水底にいるオオナマズを垂直に落ちてくるルアーに反射的に反応させるか、餌の集まる浅場に出てきた個体を表層ルアーで食わせるか。こんな感じだった。でもシミュレーションと違って全然釣れない。
問題点を整理してみる。
・釣具に慣れていない
・川の流れが強い
・相手がナマズであるが故の固定観念
1週間に渡る初挑戦、結果はノーバイト。得たことと言えば大物用の竿が自分に馴染んできたことくらいか。
目に見える情報が欲しかった
初めての挑戦を終えて間もなく、京都にも桜の季節が訪れた。
待ちに待った二連休の初日、僕は朝から宇治川を訪れた。まずは下流から上流に向けて歩いてみる。夜には見えなかった流れをしっかりと観察していく。
初めての一匹
川なのだから当たり前のことだが、ちゃんとそこには瀬があり、淵もある。大きな岩があり、その裏に反転流が出ている。ニゴイやラージマウスバス、ギルやオイカワが泳いでいる。そして、反転流の中に白い影がぼんやりと見えた。
「あっ、オオナマズや!!浮いている!!」
ナマズが離底し漂うようにして泳いでいる姿を見てイメージが膨らんだ。
流心に近い反転流+中層を漂うオオナマズ+オイカワ――。僕が初めて出したオオナマズ釣りの答えだった。
この日の夜、11 cmのシンキングミノーを反転流の中に放り込み、念願のビワコオオナマズを初めて釣獲することとなった。
写真のクオリティは低くても、一番良い顔が撮れるのはやっぱり最初の一枚。
僕は初めて獲る一匹にいつも感動する。大きさや獲り方は関係ない。感動の度合は獲るまでの過程に比例する。きっと共感してくれる人は多いんじゃないかな?
そして、この感動には依存性があって、結構危ない。なにせ世界には2万8千種もの魚類がいるのだ。どうやら僕は幸せなことに、一生涯この感動を味わいながら生きていけそうだ。
ところで、その後ビワコオオナマズを何尾か釣獲するうちに、彼らには古傷を持つ個体が多いことを知った。
これは過去に何度か釣り上げられた個体が多いということ。
言い換えれば、昔からビワコオオナマズを狙ってきた人たちが、しっかりとした対策を立てた上でリリースをしているということだろう。
極端にヒゲが短い…
僕はオオナマズを狙うに当たってカエシの無い釣り針を使う。という境地には未だ達することができていない。
常にカエシを備えた太い釣り針をルアーに背負わせ、力強い竿を使って釣っている。なかなか掛からない魚だけに絶対に逃がすわけにはいかないから。
ヒゲの短い宇治川のオオナマズも僕は大好きだ
けれど、釣獲後の扱いには人並みに気を遣っているつもりだ。
1mを超えるような個体は内臓に負荷を与えずに持ち上げることができないと思っている。だから常に120lのゴミ袋を携行し、写真撮影時には無理なく撮影を行える場所まで水を張って運搬するようにしている。ちなみに、今では入水しての写真しか撮らなくなった。
気がつくとオオナマズを大切にしようとする気持ちは年々深まっている。いつかオオナマズに対して釣竿を振るのを辞める日が来る気がしているのも事実だ。
外道としてのビワコオオナマズ
オオクチバスなど、他の魚を狙っていてもオオナマズがかかることがある。
イワトコナマズ狙いの外道で釣れたビワコオオナマズ
もし、外道でオオナマズが釣れてしまったら、それはたしかに厄介だろう。ルアーは壊されるし、釣り糸はボロボロになる。
だけど、オオナマズのせいにはせず、“こんな大きい魚を釣ったぜ!”と写真を一枚撮って友人たちに送ってみて欲しい。きっとみんなびっくりして色んな反応を返してくれるだろう。
写真を撮ったらルアーを口から外して、優しく逃がしてくれれば僕は嬉しく思う。
琵琶湖北湖のオオナマズ
ある年、イワトコナマズというもう一種の琵琶湖固有ナマズを求めて、琵琶湖北湖に通い始めた。
イワトコ編も、乞うご期待!
北湖の大自然を感じながらついにイワトコナマズを探し当てた後、自分の中で新たな野望が生まれた。
今度はこの自然の多く残る雄大な北湖で、まだ誰にも釣られていない美しいビワコオオナマズを釣りたい!
だが、どうやって釣ったものか。北湖は宇治川と比べ物にならないくらい広い。宇治川と違い、ネット上に流れている情報も少ない。
琵琶湖は広い。時に途方に暮れる程に。
僕がとった作戦は至って単純だ。
まずはオオナマズがどこにいるのか探し出す。3泊4日のスケジュールを取り、ウェーダーと小さな脚立、そして懐中電灯だけを持って湖岸を歩き、歩き、そして歩いた。
釣竿は…家に置いてきた。
6月はビワコオオナマズの産卵期。三晩でオオナマズが寄っている場所を3カ所、そして単独の個体を2匹見つけた。
釣竿を置いてきたからこそ得ることができた情報だった。結局、今になってもこの三晩で歩いた場所が僕のオオナマズ釣りとオオナマズウォッチングの基本となっている。
満を持して美しきオオナマズへ挑戦
産卵で集まっている場所+産卵直前=簡単に釣れそう
これが三晩で出した答えだった。大誤算だった。
先週あれだけ集まっていたオオナマズが1匹もいないのだ。大きなルアーをただただ遠投し続けたが、何の手ごたえも感じることなく、あっという間に夜が明けた。
やばい。もう産卵期が終わってしまったのか。数日後、焦りを感じながらも雨の北湖へ再び足を運んだ。2時間じっくりとルアーを投げたものの反応は無い。
雨が止んだ静かな湖を懐中電灯で照らすと、そこには産卵行動真っ只中のオオナマズがいた。大きな雌に小さな雄が数十秒間絡みつき、やがて互いが離れる際に砂利と藻を撹拌するように蹴り上げて湖深くに消えていった。
産卵で集まっている場所+産卵直前=簡単に釣れそう
仮説は外れた。しかし、目の前にオオナマズが存在している状況下ではなかなか思い切った移動ができなかった。
だって、あの広大な北湖で何の手ごたえも感じない釣りをしているのだから、この状況こそが最良と思い込んでしまう。
そして、無情にも朝は来る。
琵琶湖の夜は、あっという間に明ける。
次の夜、昨晩産卵していたオオナマズはもういなかった。日付が変わるころまで産卵場で竿を振っていると、ふっと単独でいた2尾のオオナマズが気になり始めた。釣竿を車に置き、懐中電灯を頼りに単独のオオナマズを探してみる。5分も歩かないうちに水深50 cm程度の浅い場所にいるオオナマズを見つけた。直感的にこのオオナマズは餌を狙っている個体だと思った。すぐに懐中電灯を消し、車に戻った。
初めて味わう一魚種への二度の感動
釣り竿を用意し、ミノーと表層ルアーを投げてみるもオオナマズは掛からなかった。懐中電灯を当てた影響だったのだろうか。産卵場へ戻るもまた、またただただルアーを投げては巻くだけ。魚からのの反応は無い。空が白んできた。…やはりあの単独個体が気になる。
空はどんどん明るくなる。さすがに釣れる時合は過ぎているだろう。僕はウェーダーも履かず、カメラさえ持たずに、とびっきり大きな表層ルアーをあの浅瀬に投げ込んだ。
静かな湖面に引き波を立てながら泳ぎだすルアー。答えがようやく出た。
水面が大きな音と共に割れ、竿に重みが伝わった。凄く綺麗な景色だった。鮮明に覚えている。
オオナマズを捕まえ、葦の中に寝かせた。とても綺麗な顔をしている。傷は、たった今僕が付けたものだけだ。感無量である。
だが、まだ叫ぶには早い。カメラを持っていない。写真を撮るまでは油断してはいけない。
僕は写真に残してようやく、その種を捕まえたと考えている。
子供の頃、45 cmのラージマウスバスを釣り上げて学校で自慢したら
”本当に釣ったのか?“
と嘘つき呼ばわりされた。僕が次のバスを釣る前に、嘘つきだと言った奴が40 cmの個体を釣り上げて写真を撮ってきた。
人気者と嘘つき。とてつもなく悔しかった。
それからというもの、誰よりも釣りが上手くなりたいと燃え上がり、ラージマウスバスで釣りを覚え、スモールマウスバスを釣ることで周りの人たちが釣ったことのない魚を自分は釣っているという気分を味わった。
人は誰かに認めてもらいたい生き物だ。だから、きっと今こうして僕はこの記事を書かせていただいているのだと思う。
「写真を!」
葦の周りに岩を組み、お願いだから逃げるなよと声をかけ車まで走った。岩で作ったプールに駆け寄り写真を撮った。これで…叫べる!
「よっしゃーーーー!!!」
不思議だった,宇治川で釣った時よりも身体が震えている。
きっと寒さのせい。きっとね。
時は経ち、大物を手にする
この年に北湖で釣獲できたオオナマズはこれっきりだった。
2012~2013年にかけては、鬱憤を晴らす訳じゃないけれど、宇治川でコンスタントにオオナマズを釣りながら色んな魚を釣りに色んな場所を訪れた。
宇治川では、次第に釣竿を振らずに川面を懐中電灯で照らして帰る日が増えた。その一方で、北湖へ足を運ぶ回数が増えていた。
最初の一匹から先は、あんなに大きな感動は味わえないかもしれない。けれど、やっぱり釣れれば嬉しいことに変わりはない。
オオナマズが釣れる状況について、自分の頭の中は解読不能な状況に陥りながらも、多くの個体を釣獲した。
いずれにせよ、どのオオナマズに対しても、もう身体が震えることはなかった。嬉しいけど感動しない。
こうなると、更に大きなオオナマズを手にしたいという感情に駆られはじめる。
サイズを伸ばすには数を釣るしかない。これが現状の僕の答えだ。
身体測定を受けるオオナマズ
そして2014年。縁あってNHKの番組”ダーウィンが来た”と一緒にオオナマズを追いかけることになった。
オオナマズを釣らないと調査も番組も成立しないという小さなプレッシャーの中、毎晩釣竿を振り続けた。
二週間、毎晩日暮れから日の出まで釣竿を振り続け、その後は釣竿を置いてオオナマズを追跡した。
オオナマズウォッチングの楽しさに気付いたのはこの時だった。
そして、その日がやってきた。
ルアーがふっと軽くなった。ヨシっ!大きいぞ。重みをしっかり受け止めながら竿をあおる。今までのオオナマズよりも明らかに引きが強い。
沖へ沖へと逃げていくオオナマズ。水深は深い。自由に走らせること1分。ようやく主導権を僕が握る。
オオナマズまでの距離は70 m。釣り糸は10メートル間隔で色分けされており、魚までの距離が分かるのだ。
…こんな日のために使い続けてきた太い釣り針。そして釣竿は大物用だ。逃がす訳がない。
こんなに大きいナマズが日本にもいるんだぜ!!
…予想通りの大物の口を捕まえ、ホッとした。友人に場所とオオナマズのサイズを伝え、写真を撮りに来てもらった。
これこそが…、ビワコオオナマズ!
納得の1尾を最高の1枚に収めてくれたカメラマンに感謝。セルフタイマーでの撮影には限界があるのだ。
自分以外の笑顔を見てみたくなった
最高の一匹を釣り上げた後のある日、清々しい快晴の中を僕は北湖に向かっていた。
ビワコオオナマズを釣るのが夢だという友人に、フィールドの状況を伝えるためにである。
その友人は未だ手にしていないオオナマズを求めて、2年に渡って遠方から北湖に通い続けていた。金と時間と精神力を使い果たしては家に帰っていく彼のことを、僕は見て見ぬふりをしていた。
当時の僕は自分が得たオオナマズに関する知識や経験、そして最新情報を誰にも与えたくないと考えていたからだ。
人の価値観とは日々変わりゆくもの。堅く閉ざされた、誰にも誇れない僕の価値観は、ゆっくりと解け始めているのかもしれない。
何故なら、人が夢を叶えた瞬間の笑顔ってどんな笑顔なんだろう?その瞬間に立ち会ってみたいなと感じ始めているのだから。
気になる場所を車で回り、懐中電灯でオオナマズを探していく。
前日の雨を頼りに探してみるが、どこにも産卵に集まっている様子はなく、静かな湖面に月だけが映る。
珍しく1尾もオオナマズを見ないままルアーを投げてみる。状況把握に来たのにも関わらず竿を振るのは、目では捉えられない情報を得るためである。
遠投したミノーを素早く泳がしていると、まるで根がかりのような重みが伝わってきた。すぐさま大きく竿をあおる。
んッ?魚だよな?さらに大きく竿をあおる。もう一度。
…地球が動き出した。最初だけゆっくり。そして自分の危機的状況に気づいたのだろう。一気に加速して沖へ逃げていく。これは…すごい奴かかったな。さあ、10分間真剣になろう。
北湖におけるオオナマズとのやりとり
リリース時。じっと動かないオオナマズ。体力が回復して泳ぎだすまで、1時間そばに寄り添った。
僕はオオナマズがかかった瞬間の沖へのダッシュを力で止めない。オオナマズは隠れ家に逃げ込むような行動をあまり取らないと僕は考えているからだ。
余程の人工的な障害物や鋭利な湖底地形の変化が無い限り、ある程度自由に泳がせながら、ジワジワとオオナマズの体力を奪っていく。
理想は残り30 mくらいの距離でオオナマズに腹を浮かせてギブアップのサインを出させること。こうすることで,ナマズ特有の身をくねらす暴れ方を極力させないで済む。
まっすぐ泳いでいるだけならば、針のかかりが良くなくても外れてしまうリスクを抑えることができる。加えて、岸辺に寄ってきたオオナマズを捕まえることが容易になり、写真撮影もスムーズに行える。この方法を取るようになってから、オオナマズに逃げられることが減った。
ただ、体力を使い切ったオオナマズをリリースする際はたっぷりと時間をかける必要がある。泳ぎだすのに30分や1時間かかるケースも珍しくない。1時間もかかる奴は、回復しているくせに動かない場合が多いけどね。
現実が理想を超える瞬間
リールから引きずり出される糸の量を指で調節しながら、1分間の辛抱。オオナマズは2度に渡って沖へ逃げた。距離は70 m。
止まればこちらに主導権がやってくる。しっかり時間をかけてやりとりしていると、体をくねらせるような動きが弱まった。
あと20 m。頭につけた懐中電灯を灯す。水中には青白い巨体がぼんやりと浮かんでいた。
世界に誇れるよ。このナマズ。
予想を超えた体高。言葉も出ない胴周り。
浅瀬にオオナマズを引き揚げ、思わず絶句した。数秒して溜息と同時に出た独り言は
“あーこりゃデカい”
だった。
そして、次に出た独り言は“どうやって写真撮ろう”だった。
一人きり。何もない浜。静かな湖面。気づけば蛍が優雅に舞っている。冷静さを取り戻しドライバックの上にカメラを置き、写真を撮った。
セルフタイマー撮影ではこれが限界か…
友人のもとへ
翌日、色んな重荷を下し、大きな人生の決断を下し、1週間という時間を確保して北湖に入った友人に、昨晩の状況と1週間前の状況を電話で伝えた。
しかしその後、良い報告が聞けないまま三晩が経過した。自身の予定を済ませ、曇り空の北湖へ向かった。
彼は僕なんかよりよっぽど努力し、辛い北湖を経験していた。その経験を元に彼は彼自身の推理で答えを出した。
価値観
例えば、珍しい魚を1投目で釣獲できたとする。それもとても大きくて、色んな人に羨ましがられる大物だ。
…一気に注目されるぜ。そんな存在になりたいって憧れる人もきっといる。だけどさ、きっとね、同じ魚を、100日通って、2万回ルアーを投げて、ようやく釣り上げた人の価値観というは、他人が文章に起こしてはいけないような、とても気高い色に染まっているのではないかと思う。
30日目の6千投目はとても辛くて、
「なんで魚釣りにこんな時間と金かけてるの?」
とか考えて。
60日目の1万2千投目に夜が明けたとき
「もうやりきったよ…。」
なんて思うかもしれないけど、
この時間と労力と金は、どこにも売っていない絵の具になって、その人の価値観に色を塗ってくれるのだと思う。
夢は叶う。
夕暮れ直後、少し波立つ琵琶湖と友人の後ろ姿をぼんやりと眺めていると…
“ヨシッ!のった!!”
と鋭い声がく北湖の闇を切り裂いた。僕はすかさず懐中電灯にスイッチを入れ、オオナマズを捕まえる体制を取る。
青白い魚体が見える。
”ホンマモンやで!“
僕は水に入り、オオナマズを捕まえた。その途端に彼は崩れ落ちるようにして座り込み俯いた。
最高な笑顔の前に一瞬出た彼の表情を僕は忘れられない。
そして、何故だろう。オオナマズを掴んでいる自分の手も震えていた。
今夜は寒くないぞ。なんで震えてんだ…オレ。
結局、僕は何一つとして彼の力にはなれなかった。
できたことと言えば、写真の撮影くらい。むしろ最高な笑顔を見ることができて、こちらが幸せを頂くことになった。
落ち着いて出た彼の一言。 “これで次の夢を見ることができるよ。”
あとがき ~ビワコオオナマズの繁殖行動と卵に迫る危機~
ビワコオオナマズの産卵期は6月から7月と言われている。複数尾が集まって水深1 m前後の浅瀬で産卵する。
雌に雄が巻付き,雄が離れた瞬間に放精放卵するのだ。一昔前までは一度に数十尾が集まることもあったそうだ。
だが、僕が5年間通って見られたのは、最も規模の大きい集団でも20尾程度のものだった。
僕たちのような釣り人による釣獲圧や、漁業者の混獲が影響してオオナマズの生息数が減っているのだろうか?こればっかりは分からない。ただ、これだけははっきりと影響していると確信している要因がある。
悔しい光景だ。
この写真はビワコオオナマズの産卵8時間後の風景だ。
オオナマズは大雨の後、琵琶湖の水位が上昇すると産卵すると言われている。多くの場合、1 mよりも浅い場所で産卵は行われ、水温に依存するが孵化には概ね48時間を要する。
つまり人為的に水位を調節している琵琶湖では大雨の後、このように水位を下げられることが多く、浅い場所に産みつけられた卵は干上がってしまうのだ。
これは琵琶湖だけでなく、世界中で起きている事態だ。
僕はオオナマズの産卵観察を続けて5年になるが、この光景を何度も観てきた…。
オオナマズだけではなく、様々な魚の卵が毎年静かに悲鳴を上げているのだ。オオナマズの産卵期になると、毎日欠かさず琵琶湖の水位を注視している。
パートナーを探して浅瀬を泳ぎ回るビワコオオナマズ
オオナマズの繁殖行動を観察するのはとても面白い。今では釣竿を振る時間よりも懐中電灯を灯す時間の方が長くなった。
僕が釣ったオオナマズよりもはるかに大きな雌を小さな雄が果敢に追尾する行動に元気をもらい、1年前と全く同じ場所にオオナマズ達がやってくるとホッとする。
中には水位を人間にコントロールされていることを知ってか知らずか、水深2 m程度の深い場所で絡み合っている個体も観ることがある。
”あっこんな深い場所でも産卵するんだ“と新たな発見をしながら、オオナマズの強さを感じる。
北湖は広いから、まだまだ知らないことだらけ。もし時間が許すならば、今年は未だ行ったことのないエリアへ行きたいと思っている。脚立と懐中電灯、そして釣竿とカメラを持って。