『口裂け鯰』 ワラゴ・アッツー釣行記 〜たった一匹までの道のり〜
『口裂け鯰』 ワラゴ・アッツー釣行記 〜たった一匹までの道のり〜
衝撃的な出逢い
…この魚と初めて出逢ったのは2010年冬。僕にとって初となる海外遠征でのこと。
場所はタイ。若くして世界を釣り歩いた名手であり、今は亡き僕の恩人・阿部ヒロトさんに案内されて釣りをしていた。
今思うと、この人がいなかったらこんなに楽しい世界を知ることはできなかったに違いない。
現在の僕の釣行スタイルも、彼に大きな影響を受けて形作られている。。
初めての海外での魚であるメコンオオナマズに1匹目で竿を折られたり。
ガイドを雇えばすぐに行ける、片田舎のバラマンディ釣り堀に、わざわざ何日も掛けて自力でたどり着いたり。
その辺のドブ川で釣りをしているオッチャンと仲良くなって、初めてのお酒を飲んだり…。
海外で初めて釣った魚、メコンオオナマズ!
…と、それにへし折られた釣竿。初めての海外はとにかく刺激的だった。
何もかもが新鮮で、失敗しても、道に迷っても、寝る場所が無くても、釣りができなくても、一匹も釣れなくても…楽しい。
そんな事を学んだ。
竿は折られても、釣り堀の魚たちは優しい。なんだかんだで、こちらの期待に応えてくれるのだから。
そんな旅の中、とある釣り堀に貼られた一枚の写真に衝撃を受けた。
なに…これ…。
見たこともないナマズの写真だった。
異様に大きく裂けた口を持つこの魚の名は「ワラゴ・アッツー」。現地名「プラー・カァーオ」。
こんな魚がいるのか…!この釣り堀に。
ヒロトさんに言われた。
「おまえ、コレ釣りたいんだろ?だったら“探せ”よ。絶対諦めんなよ。」
この時にこの言葉がなかったら、この釣堀で飼われている個体を釣り上げ、それで満足していたかも知れない。
「ただ釣るだけじゃ、面白味がないだろ?」
そういう意地悪だったのかもしれないけど…。
彼は僕に自分で探す楽しみを教えてくれたのだと思う。
ゼロからの、「開拓」
まったく情報が無い状態から、未知のナマズを探す旅が始まった。
手当たり次第、友人や先輩に聞きまくった。英語なんて全く理解できないのに、インターネットで海外の情報も見たりもした。
しかし、有力な情報は得られなかった。
結果、やっぱり現地に行って自分の足で回って探してみようという結論に至った。
当時のバイト先の給料は安く、タイなんてそんなに頻繁には行ける土地ではなかった。ましてや、相手は釣れるかどうかもわからない魚。
それでも、とにかく行動せずにはいられなかった。
だが、現実は甘くない。
現地の友人、市場の人たち、釣り人、誰に聞いても、どこへいっても
『釣れない。いない。』
『聞いたことがない』
『いるよ。いるけど狙って釣れるもんじゃあない』
そう、言われ続けた。
その間にタイ在住の日本人ガイド「トッパーズ・タイランド」のシゲさんにもお世話になった。
このとき実はシゲさんには一度ガイドを断られている。『釣れない』から。
釣ったことはあるけれども、それはたまたまだったからかもしれないし、釣れる保障もない。明確なポイントもわからないという。
でも、僕は
『釣れる釣れない別にしてその川にはいるんですよね?1%でも可能性があるならば行きます。お願いします。』
と言って無理矢理お願いした。
と、いうかナコンサワンにあるシゲさんの家に直接お願いしに行った。
…今考えると.迷惑だったかも。
シゲさんは全力を尽くしてくれた。
川へボートを出してくれたり、漁師が獲っていると思しきポイントを回ってくれたり…。
このとき釣れたのは、クリプトプテルス・アポゴンやスポッテッドナイフフィッシュ…。
狙っていた魚ではないが凄く嬉しかった。
単身、レンタル自転車で川を開拓したこともあった。釣竿片手にダムへ乗り込んだこともあった。
その過程でカスープやシャドーといった魅力的なゲストを釣ることはできたが、やはり本命には出逢えなかった…。
コイ科のフィッシュイーター、カスープ。猛烈なファイターでもある。
大型のスネークヘッド、シャドー。
三年目のファーストチャンス
そして、「出逢って」から三年が経った2013年。
やはり情報が無さすぎる…。どうすればいいのだろうと悩んでいた、そんなとき。突然シゲさんから連絡が入った。
『知り合いの経営する養魚場周りで、カァーオが釣れるらしい。』
…行くしかない!!
すぐに航空券を手配し、タイへと飛んだ。
『釣るまで帰らない』
そんなスタンスで挑もう。
と思ったが許される日数は1ヶ月。
それ以上滞在する予算は無い。
1ヶ月…。
カァーオ、一本。
獲れるか獲れないか…。
そんな想いを胸に抱き、バンコクからナコンサワンへ。例の養殖場まで案内してくれるシゲさんと合流し、いよいよカオレムダムへと向かう。
車で7時間ほど走り、着いた場所は水の上に浮く養魚場。
周りには水上家屋が並ぶ。
養殖棚にはシャドーやナマズ類、さらには南米原産のコロソマまで、様々な魚が蓄養されている。
この魚達に与えられた餌料の食べ残しが養殖棚をすり抜け湖底に落ちると、それを求めて野生の魚達が集まってくる。
その中にはカァーオも…。
釣りをするのは養殖棚の隙間。
エサはサバの内臓で水深は10m弱。
内臓を針に房掛けにし、そっと落とし込む…。
シゲさんに同行してもらったのは初日だけ。
『健闘を祈る!!』
その一言を皮切りに、一人きりの戦いが始まった。
毎日同じ景色…。
やることは変わらない。
信じて待つだけ…。
そうしていると、いつの間にか二週間も経っていた。
その間、ずっと信じて餌を撒き、待ち続けた。
状況は一日に一度アタリがあるかないか。
あったとしても掛けるまでに至らない。
なぜ…。なんなんだ…。
カァーオなのか、違うのか
何か間違ったことをしているのか。
全く何も分からない。
少しずつ仕掛けや釣り方を試行錯誤していくも、なかなか答えは出なかった。
毎日同じ場所、同じ景色、同じ一日のサイクル。
その一度あるか無いかの生命感以外、何も起こらない毎日。
一日や二日で釣れるような魚だとは、ハナから思っていなかったけれど、十日間以上ともなるともう絶望的だろ…。
そう思った。
本当にカァーオはいるのか…?
釣り方は合っているのか…?
自分の行動が不確実すぎて、頭がおかしくなりそうだった。
その後もアタリらしきものはあるけど掛からない…。なぜ…。
でも他にもうアテは無い。信じるしかない。
僕はただただ、一本の竿を信じて見つめ続けた…。
夢の終わりは突然に
そしてある日の朝ご飯の時間。
餌を仕掛けた場所からプツプツと泡が浮いてきた。
これは魚が寄ってきた合図なのだがシャドーやプラーコッというナマズか多い。
また、シャドーかな…。なんて思いながらも
『シャドー?』
水上家屋で住む片腕のおっちゃんに話しかけた。
答えは…
『カァーーーオ!!!』
え?まじ!!!!!
一気に緊張感が増した。
竿に駆け寄り、アタリを待っているとラインが走った。が、掛からず…。
「くっっっそぉぉ!!!」
餌を付け直し、また落とし込むとまたプツプツと細かい泡が…
たしかに、言われてみれば今までと泡の出方が違うような…。
そんなことを考えながら竿の横であぐらをかいていると、またラインが走った…!!
いた…。
奇跡は…起きた!!!!
「よっっっしゃあああぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
こんなに嬉しくて嬉しくて、泣き叫んだことは今までの人生で一度も無かった。
自分ひとりだけでは絶対に叶えることができなかった、ひとつの夢が現実になった瞬間だった。
信じ続ければ必ず奇跡は起きる!
なんて、くさーい言葉が身にしみた。
こうして僕の、ひとつの小さな夢は終わった。
タイという国には他にも魅力的な魚や生き物がいっっっぱいいる。
だけど、そんな誘惑に負けずほとんどの時間を費やした。
もちろんアッツーを狙っていて他の魚が釣れることもあったけれど、何も釣れない日の方がずっと多い遠征だった。
本当にそれがストレスで、「何のために頑張って仕事して稼いだ大金を使ってこんなことしてんだよ…。」って何回も思った。
でもやっぱり絶対に諦めたくない。
その気持ちが強かったんだと思う。
とにかくこの一匹を釣るまでに関わった方々には感謝しかない。
『釣る』じゃなく『探す』楽しみを教えてくれた。
けど自分ひとりじゃ絶対に叶えられなかった。
チャンスを与えてくれたのはシゲさん。
宿とはいえ長期間嫌な顔せず泊めてくれた養殖場の方々。
僕の釣りに付き合ってくれてアドバイスをしてくれていた片腕のおっちゃん。
そして、それまでに情報収集などに協力してくれた現地の方々。
本当にありがとう。
僕がやったことと言えば、ただ餌を付けた釣り竿を見ていただけ…
そんな、一生忘れない
“口裂け鯰”
を追った
数年間のお話でした。
おわり…