ゴールド&マーブル! 珍魚クララ(ウォーキングキャットフィッシュ)探索記 −沖縄本島
ゴールド&マーブル! 珍魚クララ(ウォーキングキャットフィッシュ)探索記 −沖縄本島
沖縄の黄金ナマズとブチ柄ナマズ
沖縄の大学に入学してまもない頃のこと。僕は「琉球列島の魚類」というテーマの講義を受けていた。
サンゴ礁に暮らす色とりどりのベラやスズメダイをはじめ、多種多様な魚類を講師がスライドショーを駆使して解説してくれる。魚好きにとってはとても楽しい時間であった。沖縄といえば、サンゴ礁に棲むカラフルな海水魚!…だが、淡水域には歓迎されざる外来魚も多く生息している。
「写真だけでは何なので、今日は実物も連れてきました。」
スライドショーを終えた講師は、そう言って隠し持っていた小さな水槽を僕ら学生の前に置いた。浅く張られた水の中には牛のような、あるいはダルメシアンのような、白地に黒ブチ模様の小魚が鎮座していた。
全長は7センチほどで、8本のヒゲが口元からピンと伸びている。つぶらな瞳も相まって、とても可愛らしい。おとぎ話に登場する架空の生物、あるいはファンシーなおもちゃのよう。
成魚の顔。これもまあ可愛らしいではあるが、好みは分かれそう。幼魚の頃はぶちが大きくまばらで、とんでもなく愛くるしいのだが。
「これはウォーキングキャットフィッシュという魚です。東南アジア原産で、もともと沖縄にいた魚ではありません。嘆かわしいことですが、こうしたいわゆる外来魚が沖縄にはたくさん生息しています。」
講師が続けた通り、沖縄にはティラピア類やグッピーをはじめ、多くの外来魚が繁殖してしまっている。しかし、この魚のあまりに不自然な体色が放つ存在感は別格だった。
ええ…。これがいるの…?なんでもありだな、沖縄。と思ったものだ。
写真はマダラロリカリアという魚。温暖な沖縄には、こうした熱帯地方原産の魚も容易に根付いてしまう。
いるはずなのにいない。見えるはずなのに見あたらない。
…しかし、その後四年間の学生生活で何度となく川や沼へは出向いたものの、この魚に自然下で遭遇することは一度も無かった。どうしてだろう。
思い返せば、学部一年次の冬に沖縄は大寒波に見舞われた。その際にシルバーアロワナなど、定着しかけていた一部の外来魚は急激な水温低下により一掃されたのだ。
きっと、その折にあのウォーキングキャットフィッシュも一掃されたに違いない。
寒波は沖縄に暮らす外来魚の大敵。冷え込みが続いたあとは池の畔に大量のティラピアやマダラロリカリアの死骸が打ち上がることも。
…そう思っていた卒業間近のある日。
ある同級生から「川で真っ黄色の不思議な魚がニョロニョロ泳いでた」という話を聞いた。あれ?それもしかして、いや絶対ウォーキングキャットフィッシュだろ!
実は沖縄島のウォーキングキャットフィッシュはすべてがブチ模様の個体というわけではない。
全身が真っ黄色のものも多く存在しているのだ。
そもそも、ウォーキングキャットフィッシュの仲間はアジアからアフリカまで広く分布しているが、いずれも本来の体色は褐色~黒色である。
ウォーキングキャットフィッシュ類は本来、こういう暗い色合いの魚なのだが…。
沖縄に生息しているものは東南アジア産のCralias batrachusという種の色彩変異個体を鑑賞目的で固定したものなのだ。要は、錦鯉のナマズ版である。ちなみに、一匹数百円と非常に安価。
観賞魚として輸入されるのはいずれも「マーブルタイプ」と呼ばれる白黒(あるいは黄黒)のブチ柄か、「ゴールドタイプ」あるいは単に「アルビノ」と称される全身黄一色のド派手なカラーの幼魚ばかり。
よって、もし人目に付きやすい水辺にいれば、金魚よろしく即座に見つかってしまうはずなのだ。
しかも、この魚は鰓呼吸と空気呼吸を併用しているため、頻繁に息継ぎを行う必要がある。
よって、水面にアクセスしやすい浅場を好むはずである。なおさら見つかりやすいはず。
…なのに目撃例が極端に少ない。これはどういうことか。
同じく空気呼吸を行うタウナギなどは、首をもたげるだけで息継ぎができる水深数10センチ程度のごく浅い場所を好む。ここまで極端ではないにせよ、ウォーキングキャットフィッシュも呼吸に費やすコストとリスクを避けるため、浅場を選んで暮らしているはずなのだ。
この謎の解明に至ったのは、大学を卒業して四年が経った頃であった。
釣れた!けど…
同級生による目撃談を受けてネットで検索すると、確かに沖縄在住の釣り人たちがたまに、ホントにたま〜に、ウォーキングキャットフィッシュを釣り上げていることがわかった。
いずれの報告も、他の魚を狙っている際にたまたま釣れただけ、というもので再現性は高くなさそうだが。
…やはりまだ生きていた。
一体、あんなに派手な身体でどこに隠れているのか?どうやって暮らしているのか?…気になる。だが、本格的に捜索を行う前に僕はあれよと大学を卒業。関東へと越してしまった。
ようやく本格的な捜査に乗り出したのはそれから四年後の冬。長年の疑問を解決すべく、休暇を取って沖縄へと飛んだ。
とりあえずどこにいるのか探し出そう。あと、奇天烈なビジュアルゆえに味も気になるところだ。とっ捕まえよう。
ウォーキングキャットフィッシュが生息する川
同級生が目撃した川と、釣り人がブログでレポートしている川はどうやら同一の水系らしい。
フィールドは絞れた。空気呼吸を行うこの手の魚が好みそうな、流れの緩やかな淵をポイントに選んだ。水深は浅いが、ひどく濁っている。ここなら、人目にも鵜の目にも鷹の目にもつくまい。
ただ、やたらと広い。しかも、水底に木の枝がたくさん沈んでいる。これではタモ網や投網での捕獲は不可能。
擬似的なはえ縄のように釣竿を何本も伸ばし、餌に食いつくのを待つ作戦を選んだ。
…数時間が経過。なんとかティラピアが一匹釣れただけで、ウォーキングキャットフィッシュは姿を見せない。待ち疲れたな。お腹すいたな。
よし、食事しに行こう。竿は…このままでいいか。もしかしたら食事中にターゲットが掛かってくれるかもしれない。
この安易な選択が誤りだった。
美味しそうな食堂を探し、ゆっくりのんびりと沖縄そばとじゅーしーを食べる。ああ、そういえば沖縄旅行の最中なんだなあと実感。
ダラダラと、ゆるゆると昼下がりを過ごして再び水辺へ。餌をつけ直そうと仕掛けを回収して愕然。ウォーキングキャットフィッシュが針に掛かっていたのだ。骨だけになって。
わずかに残された皮のところどころにブチ柄が見える。
本当にいたのか。そして、本当に釣れていたのか。しかし、なぜこんな惨状に。
…ウォーキングキャットフィッシュは定期的に空気呼吸が出来ないと死んでしまうのだ。
おそらく、水底で針に掛かってしまったため、うまく息継ぎが出来なかったのだろう。そしてそのまま絶命し、大量のティラピア、アカミミガメ、モクズガニ、スジエビたちに肉を貪られた末の有り様がこれである。
沖縄の川にはティラピアやミシシッピアカミミガメ、モクズガニなど死肉をついばむ生物が多く生息している。
おお!本来ここにいるべき魚ではないが、できることなら生きた姿を見たかったよ。8年ぶりに。
その後も2日ほど同じポイントで粘るが、二度とチャンスは巡って来なかった。関東へ一時撤退である。作戦を練り直す。
大量に発見
数ヶ月、再挑戦のために沖縄行きのチケットを手配した。
前回は大場所で待ちの釣りに徹したなが仇となったのだ。もっと狭く、覗きやすい場所で、相手の姿を視認してから狙い撃ちにした方が短時間で確実に勝負がつくだろう。
幸い、前回の挑戦でこの川に奴が生息していることは確認できたのだ。あとは、より好適なポイントを探せばよいのだ。
川幅が狭く、かつ水面をチェックしやすいとなると、必然的に街中の河川が舞台となる。
いきなりいたーー!
まず、小回りの利く50ccのスクーターをレンタルした。都市河川の探索に最適の武器。
よっしゃ!何日かけてでも探し出すぜ!そう意気込んでバイクを走らせ、適当に覗き込んだ一箇所目の水路だった。
水底にブチ模様のナマズと黄色いナマズが大量に転がっている。
え…?いきなり?
黄色みが強いマーブル個体
拍子抜けにもほどがあるが、間違いなく狙いのウォーキングキャットフィッシュ。
こんなこともあるんだなあ!
しかも半径5メートル程度の範囲に10個体以上が固まっている。そんな「コロニー」がわずか三百メートル足らずの流程に4つも集中しているのだ。
ところがそのエリアの上下には、どれほど上ろうと下ろうと、一匹も姿が見えない。その密集地帯だけが特殊な地形というわけではないのだが…。どうやら人間には計り知れない要因があるらしい。
ーー狭い水域への、異様なほど偏った分布。
これこそが、派手な見た目でありながら人目にはつきにくい理由なのかもしれない。
黒の面積が大きい白黒のマーブル個体。
ナマズの類にしては警戒心が強いようで、針に食いつかせるまでになかなか苦労した。
しかし、それでもマーブル個体とゴールド個体を数匹ずつ釣り上げることができた。
こちらは全身黄色一色のアルビノ個体。ブチ柄との比率は五分五分くらい。
美味しく食べるため、しばらく活かして泥抜き。
見るほどに異様な体色。綺麗と言えば綺麗なんだが、これが一箇所にウヨウヨ固まっていると非常に不自然である。
まるで錦鯉の群れる池のよう。日本ではアルビノや黄変のナマズは黄金ナマズとか弁天ナマズと称され、有り難がられるのだが…。
ド派手なウォーキングキャットフィッシュたちは、当サイトでも特集した香港のクラリアスと近縁な魚。あちらは異臭を放つドブで釣ったため非常に不味かったが、沖縄産の彼らはどうだろうか。
意外と美味い!
ところでこのナマズ、美味しそうに見えるかと聞かれて、イエスと即答できる人はそういないだろう。
しかし、実際は原産地で好んで食べられるほど美味しく、食用目的での養殖も盛んだという。…もちろん、マーブル模様でもアルビノでもないノーマルカラーの個体だが。
というわけで、一週間ほど泥抜きをして食べてみることに。
包丁を入れてまず驚いたのが身の色。川魚にしては珍しく、地の色からして赤みがかっているのだが、中に赤身どころか「黄身」や「橙身」の個体までいるのである。
こいつはマグロのように赤みが強いが、そこまで不自然な印象は受けない。
こちらはやたら黄色い!こんな身色の魚がいたとは!沖縄の黄人参みたい。
一番ショッキングだったのはこの個体。サケのように鮮やかなオレンジ色!個体差激しすぎだろう。
中身まで前衛的な色づかいで統一しているとは。さすがにびっくりだ。
だが、味の方は良い意味でびっくり。脂が乗っていてとても美味いのだ。蒲焼にするとマナマズのそれに似ているが、香りが脂の味が強く、ウナギっぽさも備えている。
脂が乗ってて、蒲焼にするととても美味い!
実際、原産地でも蒲焼に近い味付けのタレで串焼きにして食べられているというから、不味くなるはずがないのだ。
…皮目の見た目は最悪だけどね。
ウナギ、蒲焼といえば昨年、近畿大学と鹿児島の養鰻業者によってマナマズをウナギのように濃厚な味に仕上げる養殖・肥育法が確立され、大きな注目を集めた。
だが、いずれ本格的にナマズをウナギの代用にするとなったとき、使用されるのはウォーキングキャットフィッシュになるのではないだろうか。
ウォーキングキャットフィッシュ自体が先述の通りマナマズよりウナギに近い味わいであるし。既に東南アジアを中心に養殖技術が高い水準で確立されているため、かの肥育法が有効ならばすぐにでも「ウナギ味ナマズ」を海外で大量生産できるからだ。
美味ーい!
「クララ」という呼び名について
お前ら、小さい頃はあんなにかわいかったのになぁ…。
ところで、このナマズは「クララ」というかわいらしい名で呼ばれることがある。
クララとは一般的にウォーキングキャットフィッシュ(クラリアス)と呼ばれる一群のナマズ類に観賞魚業界が与えたインボイスネーム(流通名)である。マーブル個体はマーブルクララ、アルビノ個体はゴールドクララ、アルビノクララといった具合だ。
ペットショップに並ぶのはかわいいかわいい幼魚だけだから、あの可憐な姿に似合う響きの俗称を学名から削り出したのだろう。
実際、この「源氏名」は効果的だろう。
安価且つかわいい名前のかわいい魚というのは、得てして衝動買いされやすい。グッピーしかりコッピー(アカヒレ)しかり。
が、騙されてはいけない。この魚は成長が速く、すぐに40センチ近くまで育つ。性質も荒々しく、水槽に同居する他の魚を攻撃するようにもなる。
さらにマーブル個体の場合はぶち模様も細かく、複雑になっていき、なかなかクセの強い外見となる。そんなこんなで「思ってたのと違う!」と持て余し、放流という名の遺棄に至る飼い主が多数いたのだろう。
たくさんのウォーキングキャットフィッシュが野に放たれ、気候が原産地に近い沖縄でこうして定着してしまったというわけだ。
この魚はカミツキガメやアリゲーターガーと同じく、ペットさえ衝動買いしてしまう日本人の業の深さを如実に映し出す存在かもしれない。
いや、彼らと違って商品名にまで甘く賢しい作為がある点で、さらなる罪深さまで感じられてしまうのだ。