コアラのライバル? 夢の島の新顔昆虫「ユーカリハムシ」
コアラのライバル? 夢の島の新顔昆虫「ユーカリハムシ」
今年も夏、昆虫採集が本格的にシーズンインした。
夏休みの虫採りの花形といえば、やはりクワガタやカブトムシなどの甲虫類。だが今日はあえて小さく地味で、子どもたちからも相手にされないような、けれど、とても特殊な甲虫を紹介したい。
東京都内で見られる虫ではあるのだが、なんとオーストラリアからやってきた種なのだ。
夢の島公園はユーカリだらけ
その虫は江東区の夢の島公園に生息している。なぜ大都会東京の、よりにもよって埋め立て地である夢の島に外国の昆虫が?
蝉の声がすさまじい夢の島公園。由来はどうあれ、都内にも緑はたくさんある。
この日は夏休みということもあり、園内にはスマホを覗いてポケモン探しに没頭する人々が多数。現実世界で虫を探しているのは僕だけらしかった。
夢の島公園といえば植物園だが…
ターゲットを求めて進む先には亜熱帯植物園が見える。こうした温室型施設から外国原産の植物や昆虫が逸出、野外に定着・拡散というのはありがちなパターンである。が、今回紹介する昆虫に関しては事情が異なる。目指すポイントは植物園ではなく、その傍に広がる林なのだ。
ポイントは植物園の近くに茂るこの林。なんか熱帯雨林的な雰囲気を感じる。
…遠目に見ても、明らかにその林だけ雰囲気が浮いているのが分かる。なんというか、妙にエキゾチックで日本の林っぽくないのだ。
それもそのはず、ここはユーカリ林なのだから。
ユーカリの樹。やたら背が高いので、樹木の多い園内でも目立つ。
ユーカリといえば、オーストラリアに生えているアレである。コアラが食べるアレである。なぜアレが夢の島に?
ユーカリは樹皮が剥がれやすく、たいていの場合なめらかな樹肌が露出しているので一目でわかる。
その理由は夢の島公園の造園当時まで遡る。埋め立て地である夢の島は、その宿命として土壌が痩せていた。そこで、貧しい土壌でも育ちやすいユーカリをオーストラリアから導入したのだそうだ。
ユーカリは上記の林だけでなく、園内のあちこちに点在して生えている。もっとも多く見られる樹木かもしれない。
歩道へ大量に落ちたユーカリの枯葉。これが朽ちてやがて腐植土へとなる。ユーカリのおかげで、貧しかった夢の島の土壌も少しずつ肥沃になりつつあるに違いない。
夢の島公園に多いのはリバーレッドガムという種類のユーカリ。耐寒温度は−3〜−7℃とある。
ユーカリと一口に呼ばれがちだが、実は非常に多くの樹種の総称である。コアラが食べるのも、その中のごく一部にすぎないという。夢の島公園に多く植えられているのは、葉が細長い「リバーレッドガム」という種。
ユーカリ(リバーレッドガム)の葉
その葉をよく見てみると、虫食いだらけでボロボロであることに気づく。園内にはバッタやコガネムシ類が多く生息しているから、助っ人外国人のユーカリ選手もその洗礼を受けているのだろうか。
…いや、待て。ユーカリの葉には毒があるはずだ。その葉を食べるコアラは、ユーカリとともにとても特殊な進化を遂げた生物なのだ。って昔「どうぶつ奇想天外」で言ってた。
多くの葉に虫食い跡が。犯人はユーカリと郷里を同じくする昆虫以外ありえない。
となると、ユーカリ毒に耐性を持たない日本産の虫が犯人だとは考えにくい。
もう話の流れから読者方もお察しだろうが、この虫食いの主こそ、今回紹介する外来昆虫「ユーカリハム(Trachymela sloanei)」である。
どうやらこのユーカリハムシたちは、かつて輸入されたユーカリの苗木・若木にくっついて密入国した者たちの子孫であるらしい。
ユーカリ林の下生えにいたユーカリハムシ。たしかに、この小ささでは苗にくっついていても見逃してしまいそうだ。
「有毒なユーカリの葉を食べられる動物はコアラだけ」とよく言われるが、それはおそらく脊椎「動物」に限った話なのだろう。事実、節足動物であるユーカリハムシはバリバリとユーカリを食べている。
餌をめぐるライバル不在と思われがちなコアラだが、意外とこの地味で小さなユーカリハムシと、日々スローながらも熾烈な競争をしているのかもしれない。
背側の体表は一面がワックス様の粒子に覆われている。乾燥しがちなオーストラリアの気候に適応した結果なのだろうか?
色合いが近いため、樹皮にくっついているととても見つけづらい。
今回は夢の島で撮影を行ったが、ユーカリハムシの国内生息地はここだけではない。ユーカリは各地に植樹されており、それに伴ってユーカリハムシも近年では関東と関西の複数の都府県で分布が確認されているという。
ワックスによるつや消しはカムフラージュにも一役買っているようだ。
ところで外来生物といえば、セアカゴケグモだとかブラックバスだとか、様々な注意喚起を伴って盛んに報道されがちな存在である。しかし、このユーカリハムシはほとんど話題に上ることがない。それはなぜか。
指で触れると、ワックスがするりと落ちてしまった。下地は渋い美しさを放つ赤褐色。
理由は簡単。そもそもユーカリしか食べないから、自然の植生やその他の樹木・農作物への被害がほとんど懸念されないからである。どれだけ増えようと、同郷のユーカリとイチャイチャしているだけなので割と扱いが軽いというか、無視されがちなのだ。
異国の地でひっそりと、小さく閉じた環の中で生きるユーカリハムシ。私たちの身近には、こんな外来生物もいるのだ。
理由は簡単。そもそもユーカリしか食べないから、自然の植生やその他の樹木・農作物への被害がほとんど懸念されないからである。どれだけ増えようと、同郷のユーカリとイチャイチャしているだけなので割と扱いが軽いというか、無視されがちなのである。せっかく来航したのに、民衆には気づかれさえしない“黒船”も生物界には存在するのだ。