奇蟲「オオゲジ」は意外とかわいい(あと、食べると里芋味でおいしい)
奇蟲「オオゲジ」は意外とかわいい(あと、食べると里芋味でおいしい)
オオゲジ(Thereuopoda clunifera)という虫がいる。
ムカデ綱に属し、その姿は強いて表現するなら「異様に脚の長いムカデ」といったところである。
だが、胴がムカデに比べて短く、顔つきもどこかコオロギなどの昆虫に通ずる部分がある。そのため、とても独特な雰囲気を放っている。
異様な外見に加えて、滑るように高速で地面や壁を這い回る姿は見慣れぬ者にはなかなかショッキングである。
夜の森や山小屋、洞窟など暗がりに好んで棲む。この住環境も不気味さを助長しているような気が。
その好き嫌いがハッキリとわかれる(好き派1:嫌い派9 くらいの比率か)ビジュアルゆえ、「不快害虫」なる不名誉な称号を与えられたりしている。
だが、実際にムカデのように毒があるわけでも、ゴキブリのように衛生面で問題があるわけでもない。
むしろ、ゴキブリなどの害虫を捕食・駆逐する側の存在である。
それなのに、「見た目が気持ち悪いから」という理由だけで邪険に扱われるなんて。あまりにかわいそうだ…!
脱皮中のオオゲジ。なおのこと衝撃的な姿。
と言いつつ、そんな僕も子どもの頃は山中に建つ祖父母宅に出没するこの虫が大の苦手だった。
だがある日、唐突に彼らへの恐怖を克服した。と同時に、その愛らしさにまで気づくことができたのだ。
友人らとキャンプ中に山中で遭遇し、「本当に害が無いのか、触って確かめてみよう」という話になったのである。
あれ…。意外と平気?むしろちょっとかわいいかも。仕草とか。
恐る恐る、オオゲジを手に取る。こちらを攻撃してくることは無く、手の甲でキョトンとしている。
実際に試さなければ伝わらないと思うが、えもいわれぬ愛嬌がある。この蟲、かわいいぞ。
攻撃性のかけらも無い生物だ。ろくな武器も持たない上に、その長い脚は風が吹いただけでもげてしまいそうなほど細い。
むしろ、なんというか、とても儚げで弱々しい存在にすら見えてきた。
これはヒナゲシとか、ギフチョウとか、その辺りの生物に通ずる感情である。つい先ほどまで恐怖と嫌悪の対象だったが、一瞬にして愛すべき存在に変わってしまった。
顔つきはコオロギのよう。昆虫の複眼に似た構造の大きな「偽複眼」を持っているのだ。このため視覚に長けており、暗所でも獲物の姿を正確に捉えることができる。牙はあるが、ムカデのように咬んでくることはなく、人体に有害な毒も無い。
と、こちらが油断した一瞬に、オオゲジが猛スピードで手の甲から腕、肩口へと走り出した!
一度彼らを受け入れてしまえば、こんな自体も何のその。…慣れない人は絶叫あるいは発狂モノだろうが。
驚くべきはその初速!ファーストステップからマックススピードに乗っているかのようだ。目にも留まらない。華奢な体はスピードに特化した姿だったのだ。
擬音をあてがうなら「カサカサ」でも「モゾモゾ」でも「シャカシャカ」でもなく、「サラサラ」であろう。
軽やかに、フェザータッチで全身を這い回る。
オオゲジはやがて首筋から後頭部、さらに顔面へ這い登り、止まった。
おいおい、よりによってそこで休息するか。
もはや、友好関係を築けたと言ってもいい。
だが、不満は無い。かわいい飼い猫が膝の上に乗っかってきたようなものだ。
いや、ごめん。それは言い過ぎかもしれん。
だがとにかく、実際に触れてみるとこの生物がいかに無害で愛すべき存在であるかがわかるのだ。
手乗りゲジ、ぜひお勧めしたい。
味はなぜか里芋味
余談だが、僕はオオゲジを食べたことがある。
触れることができるようになったので、もっと深く彼らのことを知ってみようと思ったのだ。
茹でたオオゲジ。見た目はとても美味しそうには見えないが…?
僕は何を食べるにも躊躇しないタイプなのだが、珍しく口に入れる瞬間に全身がこわばった。
食欲は一切わかない。箸を握る手を動かすのは、オオゲジのことをもっと知りたいという知的好奇心だけである。
ああ…。また意外と美味いんだこれが…。
食感は意外と硬すぎず、ちょうどいい。例えるなら皮付きのむかごといったところか。
そして不思議なことに、味まで里芋っぽいのである。ぽいというか、その爽やかに鼻へ抜ける土の香りはまさに里芋の風味である。
昆虫やクモの中にはナッツや豆類に近い風味を持つものも多いが、里芋似の虫を食べるのは初めての経験である。
問題は…長くて硬い脚が構内に残るところか。
食べるのは胴体だけでいいだろう。
まあ、もちろん、無理に食べることはない。
里芋の風味を楽しみたいなら、ぶっちゃけ普通に里芋を食べればいいのだから。