巨大ムカデとの遭遇 in タイランド
巨大ムカデとの遭遇 in タイランド
僕は数年前までタイランドに住んでいた。
現地で刊行されている釣り雑誌の編集に携わっていたのだ。
毎週金曜日、僕は釣り堀が併設されたレストランで夕食をとる。すると、仕事を終えた釣り仲間たちが続々と集まってくる。夜遅くまで釣り談義に熱中して、そのまま車に乗り合ってタイランド各地に釣りに出かけるのだ。毎週末の恒例行事である。
運転を代わる代わるバンコクから7時間ほど走り、ミャンマー国境付近にある釣りの名所「カオレムダム」へたどり着いた。
これからの二日間は、ダムに浮かぶ水上家屋が拠点となる。
音楽を爆音で流して歌いたいだけ歌い、冷たいビールやメコンウイスキーを飲みたいだけ飲み、釣りたいだけ釣りをして、寝たい時に寝る。
平日に朝から晩まで演じているサラリーマンとしての皮を脱ぎ去って、子供のようにはしゃげる時間が始まるのだ。
ダム湖は水位の増減が激しく、コブラなどの危険生物も多い。「じゃあいっそ水上に浮く家を建てちゃえば?」と、東南アジアの水上家屋文化はそんなノリから始まったのかもしれない。慣れてしまえばとても快適だが、強いて言えばゴキブリが多いのが難点。
水上だからと言って”食”を諦めることなかれ。美味しいタイ料理がいつも出迎えてくれる。水上コンビニや水上鮮魚店、水上保育園なんかもある。
今回お世話になる水上家屋の家主に「船を出してくれるヒマな若者いないの?」と尋ねると、「ハンモックで夢見てる奴らは全員ヒマだよ!なんでもいいから仕事をさせてやってくれ!」と言われた。
いつも通りの答えなのだか、日本とは違う感覚になんとも可笑しくなってくる。
一年でいいから、こんな生活をしてみたいものだと思う。
ハンモックに揺られ寝てるところに声をかけて、船を出してもらった自分と同い年の漁師POY。
声をかけた若者は名をPOYという漁師だった。
普段は仲間と網で魚をとったり、街に遊びに出たりするが、それ以外は泳ぐか、それに疲れたらハンモックで寝るという生活を送っているらしい。
「日本はどんなところか?女は可愛いか?写真を見せてくれ!」と人懐こい性格で、僕と同い年ということもあり、とても気が合った。
癒しの釣りは世間話をしながら、なんとなく始まった。
コブラスネークヘッドと呼ばれる雷魚の一種。蛇のように頭が偏平なのが特徴。
ストライプドスネークヘッド。現地語でプラーチョンと呼ばれ、食用としても広く流通している。どんな料理にも合い、非常に美味しい魚。
ジャイアントスネークヘッド。タイではチャドー、マレーシアではトーマンと呼ばれる。強烈なファイトゆえにメディアで取り上げられることが多く、日本の釣り人にも人気がある。
スネークヘッド、いわゆる雷魚の仲間を釣りながら、ポコポコと小さな島が点在するポイントにたどり着いた。
すると、やたらと視力の良いPOYが「あれを見てみろ」と声を上げた。
水を飲みに来た水牛の群れならもう見飽きたよ…。そう思いながらも指差す方向を見ると、減水して干上がった陸地に刺し網のようなものが打ち上がっている。
さらに注視すると、その網には二羽の鳥が絡まって暴れていた。
僕は以前、日本で刺し網を使って魚類調査の仕事をしていた。その経験から水鳥が刺し網の被害に遭うことは十分に知っていた。こういったケースでは、水鳥が暴れれば暴れるほど身体に糸が食い込み、がんじがらめになっていくものなのだ。
すぐに助けねば。
釣りを中断し、船のエンジンを回した。
船を岸に突き刺し、二人で現場に飛び降りると、漁師のPOYが見事な手さばきで一羽目を救出。
網に絡んでからそんなに時間が経ってなかったのだろうか。無事に解放できたことにホッとする。
残すはもう一羽。モゾモゾと動いているので、こいつも助かる見込みはある。
器用に刺し網をさばく姿は、さすがの一言。漁師とは肩書きだけかと思っていたが、見直したぞ。
二羽目の鳥にPOYが手をかける。
その瞬間、一体何があったのか、「ギャァァァァァ!!」と雄叫びをあげて、手をバタバタ振りはじめるPOY。
その異常な焦りっぷりに、コブラにでも噛まれたのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。何か言わんとしているが、パニックに陥って早口になったタイ語なんて聞き取れるわけがない。
落ち着きそうもないPOYを横目に、それなら自分が助けてやらねばと鳥に手を伸ばそうとした。
しかし寸前で大きな違和感を覚えた。鳥はモゾモゾ動いているが、なにやらその体内から、バキバキと骨を砕くような音が響いている。
「あれ、もうこいつ死んで…えっ!?」
鳥の絶命を悟った瞬間、その肉を突き破って巨大な生物が飛び出してきた。
目の前で繰り広げられる光景に、身体は鳥肌を立てることすら忘れていた。
POYと僕は錯乱し、ギャーギャーと叫び続けた。本気で意識が飛ぶかと思った。
鳥の体内から奴が飛び出してきた瞬間。…人生最大の衝撃映像だったかもしれない。この写真を撮ったことすらも覚えていなかった。
デカい、とにかくデカい、デカすぎるムカデだった。
映画の小道具かと思うほどの完成度と気持ちの悪い近未来ロボットのような動き。
だが、このモンスターとの出会いも一期一会。
そのおぞましさより、そこに同居する「生物としてのおもしろさ、かっこよさ」が僕に冷静さを取り戻させてくれた。
呼吸を整え、夢中でシャッターを切る。
……ここからは接写で撮影した写真が混じるので、ムカデが苦手な方は見ない方がいいかもしれない。
逆にこういうのが大好きな人たちにはぜひ見てもらいたいし、この記事で友達を驚かせて欲しいとも思う。
これでギャーギャー言ってくれる人がいれば本望です。
まずは大きさ。比較で手を近づけてみたが、指先めがけて猛スピードで襲いかかってくる。
25センチはあるだろうか。それでも十分な大きさだが、厚みや色、音や動きも相まって、体感ではもっとずっと大きく見えた。
……こんなの、殺虫剤があっても戦える気がしない。
ボリュームがすごい。モビルスーツのような重厚感。色も鮮やかで本当に……おぞましかっこいい!
足の太さも異常だが、尻尾までこの厳つさ。
もともと生物が大好きで、少年時代は図鑑ばかり見て過ごしていた。なので、もしかしたら熱帯にはこんなムカデがいるということも、どこか頭の片隅にはあったのかもしれない。
しかし実際に見てみると、その存在感や色鮮やかさ、大きさのインパクトなど、一枚の写真だけでは伝わらない情報があったことに気付く。
”百聞は一見に如かず”を身をもって体感した。
こんなに馬鹿でかくて毒々しいカラーリングだが、分類上は日本にも生息しているトビズムカデ(Scolopendra subspinipes)の亜種にあたるらしい。ムカデ業界、奥深いな…。
ダイオウグソクムシすら”キモカワイイ”なんてもてはやされてブームになったのだから、こいつが脚光を浴びる日だって……いつかやってくるかもしれない。