田んぼに暮らす「生きた化石」 カブトエビ
田んぼに暮らす「生きた化石」 カブトエビ
俗に「生きた化石」と呼ばれる生物の代表に、カブトガニがある。
現生の生物であるが、三葉虫を彷彿とさせる甲冑のような殻を纏ったその姿のまま四億年も前の地層から化石が発掘されている。
タイの河口域で捕獲されたカブトガニ。なるほど古代生物感ある。
瀬戸内海などに分布しているが、その個体数は少なく、国内では天然記念物となっているほどである。
日本人にとっては知名度こそ高いが、なかなか身近とは言い難い存在だ。
さすが「生きた化石」とまで呼ばれる生物は総じて高嶺の花。とてもレアな存在なのだ。
…というのは嘘である。
米を主食とする日本人にとって、非常に身近な生きた化石がいる。
カブトガニならぬカブト“エビ”だ。
カブトエビは白亜紀からその姿を保ち続ける、原始的な甲殻類である。
丸い殻に覆われた頭、前胸部、細かい節に分かれた腹部、そして長く伸びた尾部…。
オタマジャクシ状のシルエットと、それを構成する要素はカブトガニと共通点も多い。
しかし、両者が甲殻類の中でもかなりかけ離れた分類群に属すことはその雰囲気の違いから簡単に察しがつく。
触覚とか、眼とか、細かい違いはいくらでもあるが、何といっても最大の差はそのサイズと生息環境であろう。
カブトエビは小さいのだ。
フライパンくらいあるカブトガニに対して、こちらはそれこそ大きめのオタマジャクシ程度のスケールである(実際、カブトエビの英名は「オタマジャクシエビ」を意味する“Tadpole shrimp”という)。
また、エビという名がついてはいるが、分類学的にはどちらかというとミジンコに近い。小さいのも納得だ。
そして、彼らの主な住処はごくありふれた田んぼである。
人類が誕生する遥か昔、恐竜が大地を闊歩する時代から生き続けている種族が、現代では水田という人工的な環境で繁栄しているのだからおもしろい。
カブトエビ類は本来、日本には分布していなかった。
現在、国内ではアジアカブトエビ(Triops granarius)、アメリカカブトエビ(Triops longicaudatus)、ヨーロッパカブトエビ(Triops cancriformis)の3種の生息が確認されているが、いずれも外国から農産物などに混じってドサクサで侵入してきたものと考えられている。
腹側はこんな構造。これでカブトガニサイズだったら……。ちょっとイヤかもね。
水田という環境が存在しなかった時代、原産地では季節によって定期的に干上がってしまう湖沼や湿地にのみ生息していたようである。
水が無い間は乾燥に強い耐久卵の状態でやり過ごし、再び水が張る季節を待つ。
このライフサイクルが注水と水抜きを繰り返される日本の水田にジャストフィットしたのだろう。
腹を上に向けて泳ぐことも多い。水面にはびこるウキクサの類を食べる習性を利用した農法も開発されている。
このカブトエビ、よ~く見るとなかなかカッコいい。
小さいながらも怪物めいたその姿からは太古へのロマンを感じられる。
他方で、ちまちまとくるくると水中を泳ぎまわる様には妙な愛らしさがある。
つりあがった二つの黒い眼と、眉間にある小さな単眼。この単眼は原始的な甲殻類が持つ特徴のひとつとされる。属名の「Triops」は「三つの眼」を意味する。なかなか凛々しい顔をしている。
その愛嬌と飼育の手軽さ、そして耐久卵の保存性の高さから、カブトエビは愛玩用に飼育セットごと販売されたり、理科教材として利用されたりもする。
恐竜の化石を見に博物館へ行くのもいいが、たまにはこの小さいけれども生きている化石を観察しに水田へ足を運んでみるのもオツなものだろう。
しかし、今年も梅雨明けを目前に控えていよいよシーズン終盤。
夏休みを迎える頃にはかなり数が減ってしまうので、その魅力を直に味わいたい人は大急ぎで田園地帯へ。
なお、カブトエビは農薬に極めて弱い。よって、無農薬あるいは低農薬農法を実施している水田を尋ねるのが発見への近道でもある。
カブトエビは身近だけれど抜群にカッコいい、小さなモンスターなのだ。