沖縄・やんばるが誇る美しきカメ 天然記念物リュウキュウヤマガメを探して
沖縄・やんばるが誇る美しきカメ 天然記念物リュウキュウヤマガメを探して
沖縄本島北部に広がる森林地帯、希少生物の宝庫である通称「やんばる」には固有の天然記念物たちが数多く生息している。
ヤンバルクイナ、クロイワトカゲモドキ、イシカワガエル、ヤンバルテナガコガネ…。
それらはいずれも、沖縄が世界に誇れる存在である。
その中でも、僕が実際に出会って、その美しさに驚いたのがやんばる固有のカメ「リュウキュウヤマガメ」であった。
「やんばる」と呼ばれる沖縄本島北部の山林地帯。リュウキュウヤマガメはこの鬱蒼とした林床に暮らしている。
――初対面は僕が大学生になったばかりの頃。
友人らとやんばるをドライブ中、路上でカラスが何かをガチャガチャと突っつき、転がしているのが前方に見えた。
ダムの傍だったので、ドブガイでも拾ってきたのかと思い近づくと、それは必死で顔や手足を引っ込めて怯えるリュウキュウヤマガメであった。
威嚇なのだろう。アカマタやクサガメが発するような悪臭を放っている。
いまにも車に轢かれそうだったので、林道脇の茂みへと緊急避難させて見守っていると、やがて甲羅から顔を出した。
素朴な顔立ちを想像していた僕は、驚きのあまり「あっ」と声を上げた。
その頭部は鮮やかな朱色に染まっていたのだ。
本や映像で見る限り、甲羅に苔のこびりついた、褐色の地味なヤマガメというイメージしか抱けていなかった。だがその実、日本一と言ってもいいほどの美しさを誇るカメだったのである。
驚く僕と目が合うや否や、彼はテケテケと林床へ姿を消した。
それ以来、僕はヤマガメの虜になってしまった。
初対面から10年が経った今年も、また会えることを期待して、レンタカーでやんばるを走り始めた。
明け方、樹上で寝ていたオキナワキノボリトカゲ。フラッシュを焚くと目を覚ましてしまった。ごめん。
とはいえ、狙いすまして確実に見られるものでもない。他の生物たちを観察しつつ、林道や沢周りなどめぼしいポイントを地道に見て回るしかないのである。
時間帯は明け方から朝のまだ日が低い間が良い。
特にまだ暗いうちはその他のいろいろな生物に遭遇できるので、僕は深夜から徘徊を始めることが多い。
日が昇るとアオカナヘビも姿を見せる。そんなに個体数が少ない種ではないようだが、人の気配に敏感で観察や撮影はなかなか難しい。
海岸寄りのエリアでは中型のヤシガニにも遭遇。
沢沿いの林床や林道脇の側溝など、ヤマガメがよく姿を見せる場所には、このシリケンイモリも多い。
爬虫類、両生類、甲殻類、昆虫、陸貝…。実に多様な生物たちが次々に現れる。それも、ほとんどが本土ではお目に掛かれない種ばかり。
リュウキュウヤマガメに出会えなかったとしても、もはや不満は無い。
シリケンイモリの腹側。本土に分布するイモリ(アカハライモリ)の鮮やかな赤さに比べて、やや淡い朱色に染まる。模様のパターンは腹面・背面ともにバリエーションが豊富。
まだ暗い路上ではオキナワアオガエルが三つ指をついて出迎えてくれた。このカエルは本来樹上性なのだが、こうして林道のアスファルトに鎮座していることもままある。
雨が降ってくると、ハナサキガエルが姿を現した。世界でもここ沖縄本島北部、やんばるにしか生息していない貴重な固有種だ。開発による生息環境の破壊や、マングースによる捕食が懸念されている。
その他の天然記念物にもしばしば遭遇することがある。むしろ、一晩やんばるを徘徊してそれらに出会わないことのほうが珍しいだろう。
リュウキュウヤマガメ同様、天然記念物に指定されているオキナワイシカワガエル。日本一美しいカエルとの呼び声も高い。ヤマガメほどではないが、遭遇には多少の運が必要。よく似た近縁種が奄美大島に分布している。(関連記事:奄美大島固有種を求めて)
…他のゲストに気を取られすぎたか、あるいは探す場所を誤ったか。ヤマガメの姿を見ることはないまま午前7時を迎えた。
普段ならボチボチ撤収するところだが、ここへきて急激に雲が濃くなり、スコールが降り始めた。
濡れた地面と高い湿度、そして薄暗い空はヤマガメ探しの好条件である。
もう少し粘ってみよう。
このクロイワトカゲモドキもやはり天然記念物。モドキとつくように厳密にはトカゲではなくヤモリの仲間。しかし、四つん這いで胴体と尾を持ち上げて活動する様子からはトカゲやヤモリよりも恐竜を連想してしまう。(関連記事:ジュラシックな天然記念物 クロイワトカゲモドキに出会った)
…だがやがて空は晴れ、地面もおよそ乾いてしまった。
ああ、もうさすがにダメだな。
諦めてイシガケチョウの乱舞を観察し始めた時であった。
いた!日光浴だろうか?開けた場所で佇んでいる。絶好のシャッターチャンスだ。
…砂利道に大きな枯れ葉が落ちている。いや、それにしては立体的だ。石か?この地域でこんな色の石が産するとは聞いたことが無いが。
「まさか」と疑い、「やった」と確信するまでに、一刹那の間すら無かった。
リュウキュウヤマガメだ。
すぐそばに人の住む集落と畑がある場所での遭遇。運が良い。いや、本来はやんばるに暮らす人たちにとってはとても身近な存在だったのかもしれない。
まさかこの炎天下で遭遇するとは。
しかも待避所のように少し開けた場所にじっとしている。バスキング中なのだろう。
とりわけ美しい成体だった。
驚かさないよう、背後からジリジリと近づく。
こちらには気付いているはずだが、なかなか動かない。こんなシャッターチャンスは初めてだ。
震える手でカメラのダイヤルを回し、接写の設定を整える。
今回発見した個体は甲羅もピカピカだが、このように背甲に薄く苔が生えてしまい、本来の色合いが分からなくなっている個体も多い。薄暗く多湿な環境を好むためであろう。まあ、これはこれで渋い格好良さがあるのだが。
「モデルの気が変わらないうちに…。」と必死で様々なアングルからシャッターを切る。
燃えるような赤。こんなに鮮やかで美しいカメが、日本にいるのだ。
首まで真っ赤!なかなか首を伸ばす姿は見られないので、この瞬間は興奮を抑えられなかった。
赤い斑と大きな鱗を持つ脚は、南米のアカアシリクガメを想起させる。
この写真ではいまいちわかりにくいが、尾にも鮮やかな朱色が乗る。
二十枚は撮影しただろうか。無理な姿勢で這いつくばっているので、膝と腰が痛んできた。
一息つこうと立ち上がった瞬間、ヤマガメものそのそと歩き始めた。
待って!まだ撮りたい!
追いすがろうとしたが、カメの後ろ姿が「もういいだろ?」と言っているように見えたので、カメラをバッグへしまった。
今、欲張ることもない。
またいつでも、会いたいときに会いに来ればいいのだから。
何事もなかったような足取りで、シダの茂みへと帰っていった。さようなら。またやーさい。