ナイルパーチ釣行記:砂漠の果てに古代魚の王を求めて(スーダン共和国)~前編~
ナイルパーチ釣行記:砂漠の果てに古代魚の王を求めて(スーダン共和国)~前編~
2017年、春
僕は砂漠で干からびていた。
自転車を下りて膝から崩れ、天を仰ぐ。
「あれ?なんでこんなことしてるんだっけ?」
スーダンの砂漠の真っただ中で一人、道を見失い自問していました。
何故こんなことをしているのでしょうか?
その理由をお話ししましょう。
昔から自転車が好きだった僕は、自転車で海外を走る魅力に惹かれ、2016年春に初めて海外を自転車で走り、釣り歩きました。
この時は東南アジア諸国を走ったのですが、その遠征から帰るとすぐさまアマゾン川流域を自転車で走る計画に憑りつかれる事になります。
そこで2016年夏、単身ブラジルに乗り込み、南米大陸を自転車で走る事の実現可能性を計りました。
当然釣りも楽しみましたがそれは別のお話。
さて、これのどこが砂漠を自転車で走る事の理由になっているのでしょう?
それは、ブラジルに到着する前の経由地にあります。
地球の真裏に位置するブラジルに行くには中東やヨーロッパを経由する西回りコースか、アメリカやカナダを経由する東回りコースがありますが、僕は前者を選びました。
経由地はカタール。そこに着陸した飛行機は空港建物から少し離れてところに止まり、我々乗客は200mほどカタールの炎天下の中、外を歩かされることに。
そこで僕は初めて乾燥気候の殺人的な暑さと渇きを体験することになります。
その時、天啓のごとく一つのアイデアが降ってきたのです。
「近い将来、僕は絶対にこの過酷な環境に耐えられない身体になる!今のうちだ!今のうちにここは潰しておかねば!!!」
こうして、ブラジルに到着してからも暇さえあれば砂漠を走る事を考え、どこか目ぼしい場所は無いかとグーグルマップ上のアフリカ大陸とにらめっこをし、帰国してからも長いこと悩み、調べたのです。条件はシンプルに2つ
・砂漠地帯を自転車で走れること
・どこかで釣りが出来ること
最終的に国を決めるより先に目的とする魚をナイルパーチと決め、どうせ釣るならナイル川水系の在来種としてのナイルパーチが良かったので、ナイル川の流れる国「スーダン」に行くことを決めた。
「スーダン」と言うと大体皆さんから「えぇ!?危険だよ!!!」と言われますが、危険極まりないのは「南」スーダンであり、今回僕が旅をするのは「北」スーダンであります。
前評判ではとても治安の良い平和な地域だとのこと。もちろん外務省のHPでも入念にチェックしました。
そして今回の対象魚ナイルパーチですが、僕がこの魚を知ったのは「ビクトリア湖の悲劇」がきっかけです。高校生の時、何かの調べものをしていてこの事件を知りました。
現地漁師さんの網にかかったナイルパーチ
残念ながらこの事件中でナイルパーチはワルモノ扱いを受けていましたが、それよりも強烈に僕の印象に残ったのは
淡水魚最大級、最大2m、肉食の超大型古代魚
といったパワーワード達です。
釣り人であればこれらのワードと共に一度は耳にしたことがある魚でしょうが、実は釣り人以外の方にも馴染みはあります。ナイルパーチはフライ用の白身魚として輸入され、我々の食卓に並んでいることが多いのです。
今まではこんな途方もない魚を釣ろうなどとは考えもしませんでしたが、航空券をおさえる決心を固めた時、僕は確かにこの魚が自分の手の届くところにいると感じました。
こうして僕の砂漠の旅が無事始まったわけであります。
まず皆さんに知っておいて頂きたいのですが、スーダンに入国するのは大変です。そしてスーダン国内を自転車で走るとなるともっと大変な事務手続きが必要になります。また、スーダンに一度でも入国した履歴があるとアメリカに行く際のESTA申請が通らなくなりますのでご注意ください(渡航後は総領事館、大使館でビザの取得が必要となる)。(2018年現在)
詳しい手続きの方法はこの記事では割愛しますが、そんな大変な手続きの末、僕は無事スーダンの首都カルトゥームの空港に降り立ちました。
空港を出て感じるカラッカラの空気。ジリッジリの陽射し。
そうです。
僕はこの究極の渇きと暑さを求めてここまで来たのです。
早速空港の近くのホテルにチェックインし、自転車を組み立て、次の日から砂漠に向け出発だ!!!
と思いきや、入国後もいくつか事務手続きが必要だったらしく、結局このホテルで3日間足止めを食らう事になりました。
さすがに3日間というのは予想外の長さでしたが、このような予定変更は当然あるものとして考えなくてはいけません。ふてくされてホテルでグダグダしても意味が無いので、僕はこの3日間を使って3つの事を行いました。
①情報収取
スーダンの物価、治安、日本で覚えてきたアラビア語の正しい発音や文法、道の状況、そして当然ナイルパーチについて。等々。
とにかく日本で集めた情報を強化するために、集められる情報はなるべく集めてメモしておきました。
当然魚市場にも行きます。大きなジムナーカスが売られていた。
②砂漠気候への馴化
3日間でどうにかなるものではありませんが、少しでも外に出る時間を増やし、自転車に乗り、ぬるい環境で育った我がボディを叩きなおし、砂漠地帯を走るための屈強な身体に変えていかねばなりませんでした。
また、1日に消費する水の量も割り出す必要がありました。
ホテルそばを流れるナイル川。教科書でしか見たことの無い川を実際に目の前にして感無量でした。
③日本大使館への連絡
どの国に行くときもそうですが、その国にある日本大使館に赴き、自分の計画を大使に伝えておくことは大切です。特にルートに関しては入念に伝え、もし自分が失踪したときに大体どの辺りで失踪したのかの当たりが付くようにしておきましょう。
こうして有意義な3日間を過ごし、ようやく砂漠に向けて走り出しました。
嗚呼長かった。
ちなみに、情報収集の傍らにナイル川で少し竿を出していたのですが、なんと巨大なタイガーフィッシュが釣れてしまいました。
外道にしては大きすぎる、そして嬉しすぎる魚でした。
今まで調べたことも無かったのであまり詳しく知らなかったのですが、この魚は素晴らしいファイターです。
ドラグ力なんていう数値を語るのがバカバカしくなるほどにトルクとスピードがある魚で、ドラグをいかにきつく締めこんでいてもギュルギュルギュル!!!とラインが否が応もなく無理矢理引っ張り出されます。
竿を立てる暇もなくファーストランを何とか糸の引っ張り強度のみで耐え、時間をかけて慎重に寄せて獲りました。
こんな嬉しいハプニングを楽しみつつも、やはりメインターゲットはナイルパーチですから、進路を北に取ります。
目的地は、
レイクヌビア
Google mapより引用
エジプトとスーダンとの国境に位置するこの湖はエジプト側ではレイクナセル、またはアスワンハイダムと呼ばれる世界最大の人造湖。ここにはメーターオーバーのナイルパーチが数多く泳いでいる可能性が高く、この湖こそが僕の決めた戦いの地でした。
片道1000kmの一本道をひたすらに走り抜けます。
情報収集の際に知ったことの一つなのですが、ナイルパーチはアラビア語で「エギル」と言い、その意味するところは「王」
何と甘美な響きでしょう!!!
僕は砂漠の果てに古代魚の「王」に会いに行くのです。
そんなストーリーに酔いながら始めは意気揚々と漕いでいましたが、2日目からいきなり試練が待ち受けていました。
道を失ったのです。
湖に向かうには一本の舗装路があるのですが、たまに砂に埋まってその方向が分からなくなります。
このように砂に埋まった道では砂にホイールを取られるので自転車に乗る事が出来ず、まっすぐ進んでくれない自転車を引きずりながら歩きで進むしかありません。
その歩いている過程のどこかで道を外れてしまったらしいのです。
しかも砂漠の乾燥は予想をはるかに超えて強烈で、シュワシュワと音が聞こえてくるのではないかというレベルで身体から水分が抜けていくのを感じます。
始めの3日では馴化しきれていなかったのです。
当初の想定では水の消費量は5L/日でしたが、この日の昼過ぎの時点で消費した水の量は既に5Lに達していました。つまり残りの水がほぼ無い。
海外自転車旅をするなら、なるべく多くの水を積める自転車を選ぶのが良いです。
やっちまったなぁ、、、
こうして、漕ぎ出してたった2日でこの文章の冒頭の状況に陥ったのです。
しかし、しばらく絶望した後に冷静に頭を働かせます。
もうこうなったら道は一つ。
「来た道を戻る」以外にありません。
レイクヌビアまでの道沿いには結構な数の集落がありますが、この時点で僕は一つ前に通過した集落から2kmほど離れていました。2kmなら自転車で戻れば良いじゃないか、とお考えになるでしょうが、前述の通り歩く以外に手はありません。しかも約15kgの重さを持つ自転車を引きずりながら。
それでも2kmなら大したことの無いようにお考えになるかも知れませんが、それは大きな間違いです。水がほぼ残っていないこの状況で、極度の乾燥地帯の中、来た道を戻るのは精神的にかなりツラいのです。
それでもそれしか方法が無いのであれば仕方ありません。
必死になってその集落にまでたどり着き、ロバに乗った少年に正しい道までガイドしてもらいました。
ちなみに、ロバは非常に力持ちで、成人男性が乗っても平気な顔をして何kmも歩けます。
「助かった~」
胸を撫でおろし、今後こういう状況にならないように慎重に道を確認しながら進みました。
こうして1日100kmというペースを維持しつつ、時に集落で、時にテントの中で夜を明かし、着々と距離を伸ばしていきました。
テントは人目につかないところに張るのが鉄則です。その際は地面のサソリをしっかりチェックしましょう。
1週間も経ったころには馴化が進んだらしく、砂漠の灼熱地獄を割と楽しみながら進めていました。水の消費量も減り、当初の予測通り、約5L/日で進めるようになっていました。
荒涼地帯の綺麗な朝。気温は10℃前後まで落ち込みます。
たまに寄る集落では見知らぬおじ様たちの茶会に混ぜて頂けることが多く、砂糖たっぷりのチャイや揚げパンを頂いたりして幸せな時間を過ごせました。
こうしてグングン進んでいき、出発当初「レイクヌビアに行くんだ」と言うと「冗談だろ!」と笑われることが多かったのですが、目的地に近付くにつれ段々人々の反応が「遠いな。気を付けろよ。」という心配の声に変わっていきました。
そしてそれが「がんばれよ!」という声に変わる頃、僕はあと200km強ほどで湖にたどり着く場所まで来ていました。
ここからは最終目的地まで向かう列車に乗って移動する予定。
列車の利用に関しては、出発前から想定しており、序盤の情報収集で既に「毎日1便は出る。」ということも聞いていました。
が、ここでも海外でありがちな洗礼を受けます。
車掌さん曰く
「列車は週一しか出ないぞ。ちなみに昨日出ちゃったから次の便は1週間後だな。」
「なんだとーーー!!!!????」
まぁこんなことはしょっちゅうなのですぐに切り替えて次なる手を考えます。
するとローカルの人々向けにピックアップトラックでの輸送も行っているという情報をその町でゲットしたので、その乗り場に行きます。
その結果、他の荷物と共にこのような荒い積み方をされ、自転車での移動が不可能な砂の大地をひた走ることになりました。
この荷台に荷物も人も乗せて完全なる砂漠の中を、このトラックはとんでもないスピードで爆走します。
振り落とされないように必死に荷台につかまること数時間、、、
ようやく次の町に着きましたが、その頃には自分も自転車も砂まみれ。
生きた心地がしませんでした。
年に何人かはトラックから振り落とされて亡くなるようです。
このような国では、ヒトも含め生き物の命はとても軽い。
そしてこの町で一泊し、さらにトラックを乗り換え、レイクヌビア近くの町まで移動。
そこからさらに少し自転車で移動し、、、
ようやく着きました!!!
湖です!!
さて漁師さんと交渉だ!!!
と思いましたが、ここでもまた障害が、、、
「ここで釣りがしたくば警察に届け出をせよ」というのです。
「OKOK. 警察ね。」と警察に行くと「セキュリティに行け」と言います。
「OKOK. セキュリティね。」と返事しましたが、セキュリティって何!?
まぁ湖はすぐそこですし、何とかなるだろう。と楽観視しながら2日間に渡って警察とセキュリティ(漁協的なもの?)とやらをタライ回しにされます。
ジタバタしても仕方ないので、タライ回しされるがままに流れに身を委ねていると、二日目の夕方、どうやら僕は正式に漁師さんの小屋に泊まりながら釣りをさせて頂けることになった。
この町に着いて3日目の早朝、ようやく釣りが出来る環境に向けて出発しました!!!
胸踊らせながら舟に揺られ、果てしなく広がるレイクヌビアの対岸にある漁師小屋に向かいました。
さぁ、砂漠の王は微笑んでくれるのか!!!
後編に続く
協賛
TRANSCENDENCE様
ナイルパーチ釣行記:中編
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ナイルパーチ釣行記:後編
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