小笠原に蔓延る外来トカゲ 「グリーンアノール」の脅威
小笠原に蔓延る外来トカゲ 「グリーンアノール」の脅威
日本最後の秘境、小笠原。亜熱帯気候と黒潮が生み出す雄大な自然は、陸海を問わず様々な動植物を育む。
しかしその懐深さは、時として招かれざる存在をも許容し、繁栄させてしまうことがある。
たとえば、この緑色の小さなトカゲーー。
グリーンアノールなどである。
出会いは貨客船内のポスター
2015年。僕は初めて小笠原を訪ねた。
現在、小笠原諸島へ渡航するための唯一の手段は貨客船「おがさわら丸」のみ。東京港竹芝客船ターミナルから父島まで、片道約1000キロの道のりを25時間30分で結んでいる。
航空機利用であれば、地球の裏側まで行ける移動時間である。
船内には売店や軽食コーナーもあるが、予想外に強く揺れる船に食欲は削がれた。船内のテレビではハリウッド映画の、なぜかタイ語字幕版が流れる始末。
暇をもてあましていた。
船内をふらふら歩いていると「外来生物から小笠原を守る。」というコピーのポスターが目に入った。
小笠原諸島には様々な外来生物が定着し、深刻な問題となっているらしい。そして、そのポスター中で最も大きく取り沙汰されているのが、鮮やかな緑色をしたトカゲだった。
綺麗だな、と思った。
だが、この父島・母島で見られるらしい「グリーンアノール」という北米原産のトカゲは、小笠原に定着している外来生物の中でも特に厄介な存在だという。外来生物法が定めるところの「特定外来生物」にまで指定されているそうだ。
これから上陸する楽園が苛まれる外来生物問題。そんな降って湧いた題目に思いを巡らせているうちに、ついに船窓から島が見えた。父島だ。
上陸直後に遭遇
本当に外国産のトカゲがいるのだろうか。不意に芽生えた知的好奇心に身を任せ、あても無く散策を始める。
変温動物、トカゲ探しのセオリー通りに日当たりの良いコンクリートや、木の枝を注意深く観察しながら歩く。
ポスターには「小笠原の固有種を食い荒らしながら生息数を増やしてる」といった一文もあった。だが相手は野生動物。そう簡単に見つからないだろう。
ところがである。船着場から歩き始めて10分もたっただろうか。日当たりの良い林へ足を踏み入れた途端、不自然に植物が動いた。
視界の端で不自然に葉が動き、乾いた音が鳴る。視線の先には見たことのないトカゲがいた。体色は周囲の環境や興奮具合によってめまぐるしく変わる。この特性から「アメリカカメレオン」の別名も。
いた!足元の枯葉に乗っているのは、間違いなくポスターで見たあのトカゲ。グリーンアノールだ。
とりあえず、手に取って観察してみようか。猫が獲物に飛びかかる動きをイメージしながら、全身を使って飛びつき、両の手で包むように押さえ込む。
…こういう在来の肉食動物がいないことも、小笠原にグリーンアノールが繁栄した一因なのだろう。
この個体は雌なのだろう。一見するとカナヘビの一種にも見える。しかし、雄では喉元に赤紫の膨らみ(咽喉垂)が発達する。
手の中にトカゲの皮膚特有の感触を覚える。捕まえたぞ!
なるほど。爬虫類らしい緑色の肌は南の島に似合わないでもない。しかし、顔つきや細部を見ると国産のミドリカナヘビやキノボリトカゲとは明らかに異なっている。
「あ、こいつ、違う大陸から来たやつだな」と直感で把握できる容姿である。
…しかし、過去のフィールドワークを振り返ってみても、こんなにあっけなく目的の生物を見つけられるのは稀である。これは単なる幸運なのか?
ところで、そもそもなぜ北米のトカゲが遠く離れた日本の、よりによって小笠原にいるのか。そして、どのような点が問題視されているのかである。
グリーンアノールはその名の通り、平時は背一面が美しい黄緑色に染まる。さらに成熟した雄は喉元に咽喉垂という鮮やかな赤紫色の襞が発達する。こうした特徴ゆえ、古くから鑑賞目的で国内に多数持ち込まれてきた歴史がある。それらが脱走した、あるいは遺棄された結果、温暖な小笠原(沖縄島にも)に定着してしまったらしい。
…そこまではよく聞く話である。石垣島のグリーンイグアナや伊豆のアムールハリネズミと同じ経緯だ。しかし、問題の核心はグリーンアノールの食性と小笠原の生物相との相性にある。
グリーンアノールは肉食性、しかもとりわけ昆虫を好んで食う傾向がある。そして、小笠原産の昆虫類には非常に貴重な固有種が多く含まれているのだ。アノールの繁栄は、それら固有昆虫の絶滅に直結する由々しき問題なのである。
よって、早急な対策が求められ、駆除活動やポスターによる啓蒙が行われているのである。…抜本的な解決に至るのはまだまだ先になってしまいそうだが。
…さらに辺りを見渡すと、そこら中で小さな影が動いている。カサ、カサ、と落ち葉が鳴る。
全部、グリーンアノールだった。
ああ、これほどまでに増えているとは…。
小笠原の外来生物問題、その現状を肌で感じる遭遇劇であった。
※グリーンアノールは特定外来生物に指定されており、飼養、運搬、輸入等が規制されています。