世界最大の巨大魚・メコンオオナマズのスープ『トムヤムプラーブク』(タイ王国)
世界最大の巨大魚・メコンオオナマズのスープ『トムヤムプラーブク』(タイ王国)
世界最大の淡水魚は何か?という問いへの回答は複数存在する。
ピラルクやヨーロッパオオナマズ、ナイルパーチなどが頻繁に候補として挙げられるほか、汽水魚や海川を行き来する両側回遊魚を含むならばある種のエイやチョウザメ類が推されることもしばしばである。
それらに共通するのが、その巨体ゆえに多量の肉を獲得できる水産資源として利用される(あるいはかつて利用されていた)という事実。
たとえば表題のメコンオオナマズも東南アジアにおける『世界最大級淡水産重要水産物』である。
プラーブクことメコンオオナマズ。この魚を食べるお話です。 ※写真は釣り堀に導入されている個体なので食べません。
メコンオオナマズとは
メコンオオナマズは読んで字のごとく、メコン川水系に生息するナマズの一種である。
ただし、サメを想い起こさせる流線型のフォルムや微小なヒゲなど我々日本人が一般的に想像するナマズ像とはややかけ離れた姿をしている。
何より度肝を抜くのがその体サイズで、とりわけ大型の個体では全長3メートル、体重500キログラム以上にもなると言われている。まぎれもなく世界最大淡水魚の一角と言える。
原産国の一つであるタイ王国では「大きな魚」を意味する「プラーブク」の名で親しまれており、特に祝いの席などで供される縁起物などとして珍重されている。しかし、ダム開発などによる生息水域の環境変化や食用目的での漁獲によって近年ではその数を大幅に減らしており、現在では野生個体群は厳重に保護されている。
しかし、メコンオオナマズを食す文化が断たれてしまったわけではない。人工的な養殖技術がすでに確立されており、現在でも各地で盛ん種苗の肥育が行われタイにおける栽培漁業の代表的品目としてその地位を確立している。
種苗生産は安定しているようで、食用目的以外にも釣り堀や水族館へも導入されている。
今回はそのメコンオオナマズの養魚で潤うバンコク郊外の村落を訪問、メコンオオナマズの解体見学と魚肉で作ったスープを試食をさせてもらってきた。
吊るしてさばく
この夜は催事や祝い事が執り行われていたわけではない。あくまで日本からやってきたテレビ番組の取材の一環としての調理である。
メコンオオナマズは非常に高価で、活魚だと日本円で一尾あたり数万~数十万の値がつくこともあるという。そのため、庶民はあまりその肉を口にする機会はない。今回は一尾丸ごと解体、調理するとあって地元の衆も夕食をともにするのを楽しみにしているようだった。
メコンオオナマズの吊るし切り。
メコンオオナズを吊るすフック。梁にしっかりと固定されている。
養殖池から連れられてきたメコンオオナマズはキッチンではなくガレージへ連行された。調理にはどれほど巨大なまな板を使うのかと思いきや、吊るし切りで解体していくらしい。ただし、アンコウとは吊るし方が上下逆だ。
尾ビレのつけ根から喉元に向けて一直線に刃を入れ、血と内臓を抜き去る。不要な部位は下に据えられたタライで受けて廃棄される。
そのまま、瞬く間に三枚におろしてしまう。あまりの早業と黄色い魚肉に愕然。
香辛料と調味料は多種かつ大量。右手前の鍋に入った液体はタマリンドペースト。
おろした肉は細かく刻まれ、10種類以上の香辛料とともに煮込まれれる。香辛料や各種の調味料は目分量&手づかみでガッサガッサと投入される。
東南アジアにおけるこうした「適当さ」は長年の経験に裏打ちされた、安心と信頼の適当さなのである。…これが病院とかだとそうも言ってられないのだが。
今宵は大勢をまかなうため大鍋を用意。これなら頭もそのまま煮込める。なんだか芋煮会のような雰囲気になってきた。
一緒に煮込む具材はキノコ類、タケノコ、香味野菜など。
味付けや具は基本的にトムヤムクンと同じである。ただしクン(エビ)の代わりにプラーブクを使うので料理名は『トムヤムプラーブク』となる。
ココナッツミルクを大量に投入して仕上げる。
完成!トムヤムプラーブク。
美味いが部位によってはクセがある。
エビではなく魚のダシが出ているのでトムヤムクンとはまた少々ちがった風味。だが負けじとおいしい。肉質はしまっていて歯ごたえが強い。薄切りにして煮込むと皮や脂肪も相まって豚肉のような食感になる。
肉の味は旨味が強くて良いが、皮や黄色い脂肪には香草でも消せない泥臭さがある。川魚食文化の強い現地で暮らす人たちには気にならない、あるいはちょうどいい塩梅らしいがクセのない海魚に慣れた日本人の舌と鼻にはいくらか主張が強すぎるかもしれない。
食す機会があれば皮や脂肪は味見程度にしておき、肉を多めによそってもらうのが無難だろう。…しかし皮の食感が面白いだけにちょっと残念。
巨大な頭にも肉がたくさんついている。メコンオオナマズはプランクトンを水ごと吸い込んで食べるため、ものを噛むことをしない。そのためかほほ肉は少なめ。
ただし、このメコンオオナマズはあくまで養殖池という過密な環境で高脂質な人工餌料(コイの餌のようなペレット状のもの)を与えられて育った個体である。
自然下で生育したものはまたガラリと違う味わいなのだろう。もっと上品で臭みも薄いかもしれない。
ぜひ試してみたいが、それはおそらく叶わぬ願いだろう。
でもきっといつか個体数が回復し、メコン川で育ったネイティブプラーブクの味をタイの人々がもう一度かみしめられる日が来ることを願いたい。何十年後か、あるいは何百年後の話になったとしても。