日本最強のクラゲ「ハブクラゲ」を捕まえて食べる (沖縄県)
日本最強のクラゲ「ハブクラゲ」を捕まえて食べる (沖縄県)
南西諸島の海にはハブクラゲ(Chironex yamaguchii)というクラゲがいる。
ハブでクラゲって…。毒×毒かよ。
もう名前からして、いかにもヤバそうだ。
実際、その毒性の高さと刺された場合の症状の重さは日本産クラゲ類の中でも群を抜いているという。
しかも、8~9月になると沿岸部に大量発生するため、海水浴客の被害が毎年頻発しているのだ。
ハブクラゲ。毒性が強いだけでなく、クラゲにしてはやたらと遊泳力が高い。しかも、触手は視認しにくい上に2mに達するものもある。これが体に絡みつき、激しい炎症を引き起こす。
素手で触りたい、食べてみたい。
僕も沖縄に住んでいた頃、このクラゲを目撃したことは幾度もあった。だが、その危険性ゆえになかなか間近で観察することはできなかった。危険生物の多い南西諸島の海だが、特に盛んに注意喚起されるのがこのハブクラゲ。住民には山のハブと並んで絶対的な恐怖の対象として定着している。
しかし2015年夏、僕はあえてそのアンタッチャブルに触れてみよう、捕まえてみようと思った。
手に取ってその姿を検分したかったのだ。
そして、この危険なクラゲが食べられるものであるか否かを確かめてみたかったのだ。
※読者の皆さんは絶対に真似をしないでください
沖縄の海。この青さは泳ぎたくもなるね…。
8月某日。
まず、かつて自身がハブクラゲを見たことのある海辺へ出向き、水面にその姿を探す。
しかし、タイミングが悪いのか一匹も見当たらない。
たしかにハブクラゲは半透明なので水中ではあまり目立たない。しかし、もしそこにいるのならば陸上から捜索して見落とすということは無いはずだ。
なぜなら、このクラゲは大きなものだと傘の部分がハンドボール大、触手の長さは2m近くに達する大型種だからである。
しかも水面付近を泳いでいることが多いので、いればたいてい見つかるものなのだ。
ハブクラゲを観察するには漁港を巡るのが良い。
地元の人々に聞き込みを行っていくうちに、有力な情報をキャッチした。
沖縄本島のある漁港には、毎年すごい数のハブクラゲが侵入してくるのだという。逆に言うと、その港にいないのであればタイミングがずれているということなので、どこへ行っても見つけるのは難しいそうだ。
さっそく行ってみよう。
漁港を徘徊して捜索。
初回の訪問時にはやはり姿を見ることはできなかった。完全に時期を外しているということだ。だが、海面を見ているとハリセンボン(Diodon holocanthus)やナンヨウツバメウオ(Platax orbicularis)の幼魚なんかも見つかったのでなかなか楽しかった。嫌われ者のハブクラゲに対して、漁港の人気者として愛されているハリセンボン。
しかし、およそ一か月後の再訪時は様子が違った。
現場に着くなり、同行者(ハブクラゲではなくハリセンボンを見に来た)が「なんか大きいクラゲがいるー」と叫んだ。
おおお!いた!
クラゲはバケツで掬いましょう
慌てて水面を覗き込むと、立派なハブクラゲが傘を伸縮させ、触手をリズミカルに波打たせながら悠々と泳いでいる。
しかも、足元付近をいつまでもウロウロしている。これはいきなりチャンスだ!
急いでバケツにロープを結び付け、クラゲの進行方向へ投げ込む。クラゲの捕り方。網で掬うと身体が擦れて壊れてしまうので、バケツを投げ込み海水ごと掬う。
よっしゃ!
ハブクラゲ、捕ったぞー!傘は手のひらで掴んでもセーフ。でも触手が風になびいて怖い!(※素手でハブクラゲを扱うのは非常に危険ですので真似しないでください)
ロープを手繰り、バケツの中に海水ごとハブクラゲの身体をするりと収める。この個体は特に触手が短かったため、バケツの縁でそれをちぎってしまうことなく掬い取れた。
よし!捕獲成功!
この個体はかなり触手が短い方。
と言っても、伸ばすと1m以上あるんだけどね。
恐るべき猛毒の触手。刺胞が茶色く視認できる。持ち帰る前に切り落とし、作業を行った現場もよく清掃する。
傘の部分だけをチャック付きのビニール袋に詰めて持ち帰る。
切断する際に触手が何度か指の腹に張り付いてしまったが、炎症や痛みが生じることは無かった。どうやら、指や手のひらは皮が分厚いので刺胞が貫通できないらしい。
下ごしらえ開始!みるみる縮む!
持ち帰ったハブクラゲをいよいよ調理していくわけだが、いきなり先行きが不安になる展開に見舞われた。
しばらく冷凍保存していたのだが、解凍した途端に大量の水分(ドリップ)が抜け出たのだ。
元は670gもあったのに、ドリップを捨てただけで200gほどにまで激減……!
まず真水でぬめりや内臓を洗い落とし、塩揉みしてさらに徹底的して水分を抜いていく。塩蔵ハブクラゲを作るのだ。
※塩蔵クラゲの作り方については以下のサイトで詳しく解説されている
大分県海洋水産研究センター「ミズクラゲを用いた塩蔵クラゲ加工品の開発」
デイリーポータルZ「あのクラゲを食べたい(玉置豊)」
ぬめりを真水で洗い落としていく。傘の四隅に内臓が付いているので取り除いておく。
取り除いた内臓。何が何やらわからない。内臓とヌメリには魚の体表のような生臭さがあるので丁寧に落とした。
クリーニングが住んだハブクラゲの傘。ビニールの切れ端にしか見えない。
とりあえず、ほんの端っこをひと欠片だけ味見。ブニブニとしたゴムのような食感に、ほんのりと海の香り。なお、唇や舌が荒れるといった症状は出なかった。とりあえず安全っぽいな!
綺麗になったハブクラゲを食塩で脱水していく。
脱水に使用する食塩には少々の焼ミョウバンを混ぜる。
よく塩(+焼ミョウバン)で揉む。
塩がシャバシャバになった。
完成した塩蔵ハブクラゲ。さらに激しく縮んでしまったが、これって食べられるのかな…?少なくともおいしそうには見えないけど…。
脱水を繰り返した結果、最終的に4gにまで減ってしまった。クラゲの身体はほとんど水分だけで構成されていると聞いたことはあったが、まさかこれほどとは…。
完成した塩蔵ハブクラゲの重量は…わずか4g!なんと触手を除いた初期重量の0.6%しか残っていない(まあ、内臓捨てたり端っこ齧ったりはしたけどね)!
さすがにびっくりだ。歩留まり悪いなんてもんじゃないぞ。
戻して中華クラゲに!
さて、塩蔵ハブクラゲをさっそく食べてみよう。メニューは素直にキュウリと和えた中華風のサラダ、いわゆる中華クラゲに決めた。
約80℃のお湯でさっと茹でると、ハブクラゲはクリンっと縮みあがった。
それをさらに氷水に30分ほどさらす。すると、ビニールゴミのようだった姿が一転して、とても美味しそうに透きとおった。
湯と氷水を使って戻した塩蔵ハブクラゲ。あれっ!なんか急に普通の食用クラゲっぽくなったぞ。
千切りにして調味料やキュウリと和えれば、「ハブクラゲの中華風仕立て」の完成だ。
うーん、見た目は悪くない。というか中華クラゲそのものだが…。
いただきます!(※髪型が大幅に変わっているのは脱水中に散髪したから。塩漬け脱水は軽く一晩かかる工程なのだ。)
あら!?これ美味いじゃないの!
普通のクラゲよりイケるかも!?
中華ハブクラゲを箸でつまみ上げ、ほおばる。よく噛んで味わう。
「っ!えっ!なんだよ美味いぞ!?」
危険は無さそうだったので調理場を貸してくれた友人にも味見してもらった。「あっ、普通に美味いな!」とのこと。
まあ味自体はほとんど無い。これは普通の食用クラゲと同じだ。クラゲというのはその独特の食感を楽しむための食材であろう。
その食感なのだが、シャキシャキコリコリと音を立てる歯触りがみずみずしい。普通のクラゲと遜色無い。いや、むしろより爽やかな歯触りであるような気さえする。
一般的な食用クラゲの触感が茸のキクラゲのような武骨なものだとするなら、ハブクラゲのそれはシロキクラゲの繊細さに例えるべきものだった。
ハブクラゲ用に酢を持ち歩こう
そういえば、今回作った中華クラゲは若干酢を多めに効かせてみた。これは味を調えるためというよりも、洒落に近い目的である。
ハブクラゲと酢というのは、切っても切れない間柄なのだ。
南西諸島の海でダイビングや海水浴を楽しむ人々は、必ず酢(食用酢)を携行する。ハブクラゲの被害に遭った際、応急処置として患部に塗布するためである。
酢はハブクラゲの触手に並ぶ刺胞の発射を抑制する効果があるのだ(※ハブクラゲに対してのみ有効。カツオノエボシなど他のクラゲの場合、かえって刺胞の発射を促進してしまうこともあるため注意)。
皮膚に付着したハブクラゲの触手は不用意に刺激すると刺胞を発射し続け、炎症をより悪化させてしまう。そのため、酢で失活させてから処置(指の腹で触手をつまみ取るなど)を行うのだ。
ハブクラゲの細く長い触手の束はネバネバとしつこく絡みついて皮膚へダメージを与え続ける。沖縄の海で遊ぶなら応急処置用のお酢は必ず用意しておこう。
もし夏の南西諸島で海水浴を行うことがあるようなら、ぜひ日焼け止めやサンオイルと一緒にお酢を持参してほしい。
幸い、海水浴場近くであればコンビニエンスストアでもミニボトル入りの食酢が買えるので。
ちなみに食材と調味料としても両者の相性は良く、すっきりとした清涼な味わいを楽しむことができた。
いやー、大満足。