巨大淡水エイ「プラークラベーン(ヒマンチュラ・チャオプラヤ)」を釣ってみよう (タイランド・メークロン川)
巨大淡水エイ「プラークラベーン(ヒマンチュラ・チャオプラヤ)」を釣ってみよう (タイランド・メークロン川)
ネットやテレビで、こんな化け物じみたエイの写真を、あるいはこれを釣り上げる動画を見たことはないだろうか。
タイの河川に棲む、現地名をプラークラベーン(学名:Himantura chaophraya)という巨大な淡水エイである。
身体の幅(胎盤長)は2m、全長は4mを超え、体重は350キロに達することもあるという。世界最大の淡水魚の一つである。
こんなに大きな魚を自分も釣ってみたい!間近で見てみたい!という人も少なくないだろう。
実はこのエイ、意外と簡単に釣れる。むしろ、海外での大物釣りの超入門種とも言える。
ここでは「釣りたい!」と思い立ってから、その野望を実現するまでのプロセスを紹介していく。
フィッシングガイドチーム“FISH SIAM”へ問い合わせる
まず、プラークラベーンを釣るには専門のフィッシングガイドを雇う必要がある。
この魚は絶滅危惧種としてタイランド政府によって保護されており、特別な許可を得たガイドチーム「FISH SIAM」の同行が必須なのだ。
釣りを行う名目もスポーツフィッシングではなく、あくまで「研究用のサンプル捕獲補助」である。
FISH SIAMのホームページを開いたら、「Giant Freshwater Stingray Fishing」の予約フォームから予約を申し込む。
あるいは、予約用メールアドレスbookings@fishsiam.comへ英語で予約や質問のメールを送ってもよい。人数、期間、日程の調整など細かい相談にも応じてくれるので、こちらの方法がオススメ。
なお、釣り場を「メークロン川(Maeklong River)」と「バンパコン川(Ban Pakong River)」から選択できるのだが、FISH SIAMのスタッフらはメークロン川での釣りを強く推奨してくる。その理由については後述するとして、ここでは彼らの助言に従ってメークロン川を釣り場に選択した場合について説明していく。
なお、料金体制は頻繁に変更される(主に値上げ)ので、注意が必要。
人数や釣りのスタイルによっても上下するので、英文メールをやり取りしてしっかり相談しよう。
また、シーズンは乾季である12~3月がベストで、さらに大潮の日が特に良いとされる。
航空券ともに早めの予約が必要だが、年末年始の休暇をエイ釣りに充てるのもいいいだろう。
バンコクへ飛んだらあとはお任せでOK
日程や人数、料金の調整を終えて予約が確定したら、あとは航空券を買ってバンコクはスワンナプーム国際空港へ飛ぶだけ!
だけ!ってことはさすがにないだろう…。と思われるかもしれないが、本当にもうこちらでやることは無い。釣り道具だって、全部貸してもらえるのだ(そもそも、使用するのはカジキ釣り用の巨大なリールと極太の竿。非常に高価だし、国際線で持ち込むのは骨が折れるので避けた方が良い)。
バンコクの玄関口、スワンナプーム国際空港。ここまで辿り着けば一安心。あとはガイドたちの言うことをちゃんと聞いて、ビッグフィッシングを、巨大生物との邂逅を楽しもう。
空港に降り立つとFISH SIAMが雇ったドライバーが出迎えてくれ、そのまま釣り場へと連れていってもらえる。
ある程度英語が話せるドライバーを寄こしてくれるので、タイ語を話す必要も無し。「コップンカップ(ありがとう)」など最低限の挨拶さえ覚えておけば円滑に事は運ぶだろう。
近代的なバンコク市街地から郊外へと車を走らせること約1時間半。
だんだん建物が味わい深くなってきたな、野犬が増えてきたなと思いはじめる辺りが目的地のメークロン川流域の街、サムットソンクラーム県アムパワーだ。
釣り場となるメークロン川。この辺りでは水上交通が生活の要となっているため、岸沿いに立ち並ぶ民家やホテル、寺院には船をつける階段やスロープが備わっている。これがエイ釣りにおいて非常に重要な設備となる。
街に着いたらまずはホテルにチェックイン。大抵はガイドが懇意にしているリゾートホテルに泊まることになるが、一泊当たりの宿泊費は四~五千円ほどと破格。タイは物価が安いのだ。
釣り場となるメークロン川下流域は日本的な感覚からするとかなりの大河である。また、茶色く濁っていていかにも巨大な魚が潜んでいそうな雰囲気を醸し出している。
さっそく釣りに出よう(ただし、宿への到着が午後になる場合は、翌朝から釣りを楽しむプランとなる。実釣時間はだいたい一日あたり6時間ほど)。
メークロン川でのエイ釣りはボート上から行う(※バンパコン川では岸から狙う釣り方をとる場合もあるようだが、ボート釣りよりも遥かに時間と体力を要求されるため、ビギナーには不向き。これがFISH SIAMスタッフによる“メークロン推し”の理由らしい)。木造の小さな船だが、日よけの屋根もついていてわりと快適である。釣り人の定員は基本的に三名まで。さらにスタッフが三名乗り込む。
さらにさらに、二名のスタッフが小さなサブボートで同行する。彼らは仕掛けの回収をサポートするほか、大物が掛かった場合に船が転覆しないよう(!)バランサーとしてメインボートにドッキングする役割がある。
なんと大掛かりな釣りか。
支度ができたら、迷路のような水上街を縫って船を走らせ、ポイントを目指す。
ポイントはマングローブエリアから住宅街まで多岐にわたるが、たいていの場合は宿から20分ほどでたどり着ける近場だ。
釣り方は「ただペットボトルを浮かべて待つ」
いよいよ仕掛けの投入を行う時が来たが、この方法がかなり特徴的なのである。
普通の釣りでは竿から伸びる糸に結んだ仕掛けを放り投げるのだが、この釣りではそもそも釣り竿に仕掛けを結ぶことすらしない。
ボートの隅には、極太の釣り糸と針を巻き付けたペットボトルが10個ほど用意されている。これにエサをつけて、めぼしいポイントに投入しまくるのだ。こうすれば、小さな船から1本の竿をだすよりも10倍効率よく魚を掛けられるというわけだ。
ペットボトルがオレンジ色に着色されているのは、「ウキ」として視認性を高めるためである。
釣り針は安心の日本製。また、針を飲み込まれることでプラークラベーンに余計なダメージを与えないよう、口もとに刺さりやすい特殊な形状の針(サークルフック)を使用する。
メークロン川で使用されるエサは主に「プラーブー」と呼ばれるハゼの一種である。おそらく、一番入手が容易な小魚なのだろう。
バンパコン川ではプラーブーのほかに小型のライギョやナマズが用いられることもあるという。餌の種類を問わず、餌は必ず生きたまま針に掛ける。頻繁なエサの交換が困難なこの釣りでは、生きた魚を使うことが高水温によるエサの腐敗を防ぐための最善策なのである。
プラーブー。豚の魚という意味らしい。日本でいうカワアナゴの一種。
仕掛けの投入は、黙っていればスタッフたちが手早く済ませてくれる。
もちろん、せめて投入くらい自分の手でやりたい!という人は申し出れば任せてもらえる。日本の釣り人からは理解されにくいことだが、海外ではファイト以外の全行程をガイドが担うのは当たり前なのだ。
仕掛けを投入!あとは待つのみ!
水面をただよう多数のペットボトル。エイがエサに食いつくと、このペットボトルが激しく動き始める。
ここからはその瞬間をひたすら待つ時間が始まる。
待ち時間は木陰に入ってボート上で仮眠を取ったり、あるいはレストランで食事をとったりして潰す。
食事やトイレなどで大きく移動する場合も、サブボートのスタッフがしっかりペットボトルを見張ってくれているので安心。アタリがあったら携帯電話でメインボートへ連絡が入る。
おいしいタイ料理もこのツアーの楽しみの一つ。せっかくだから、釣り以外の要素も満喫しよう。
スーパーヘビー級のファイトは一人だと辛いかも!?
いつ魚が掛かるかは神のみぞ知るところである。二時間以上待つこともあれば、ものの数分で食いつくこともある。
だが往々にして、その瞬間は突然訪れる。
水面をペットボトルが不自然に移動し始めたら、いよいよゴングが鳴る寸前である。
ペットボトルを回収し、スパゲッティのような極太糸を釣り竿のリールに結び直す。
水面を走り回るペットボトルを追いかける
釣り竿の先端から糸を通し、大きなリールに結び付ける。魚が掛かってからこの工程をこなすことになるとは…。世にも珍しい釣りである。
糸が結ばれた釣り竿を、船体中央に作られたファイト席のホルダーにセットする。そして、ガイドたちからGOサインが出たら…、世界最大・最強の川魚との壮絶なファイトが始まる!
いかに壮絶かは、戦っている最中の釣り人たちの表情を見てもらえばおよそ察しが付くだろう。
これくらいしんどいのだ。
…大の男たちが揃いも揃って泣きそうになるほどの重労働である。
本当に辛いのだ。
比喩ではなく水中に引きずり込まれるほどのパワー。釣り人を支えるサポートも入る。この釣りは完全なチーム戦だ。
ここまでは至れり尽くせりの大名釣りだったが、魚はお金で言うことを聞いてはくれない。ひたすら根性で戦うしかないのだ。
だが、大物釣りの経験が浅い人は途中でどうしてもスタミナ切れを起こしてしまうことがある。そういう場合は同船者(いざとなったらガイドでもいい)と交代しながらファイトすべし。自力で釣り上げるのも爽快だが、仲間と協力してキャッチした大物にもまた違った感動があるはずだ。
地元民にとっても、この大捕り物はかなり面白い見世物になっているらしい。ファイトが始まると、周辺の住宅や施設からワラワラとギャラリーが現れる。
また、疲労しきって朦朧とした状態で釣りを続けると、竿と船べりで指を挟んだり、リールに指を巻き込んだりして大けがをする恐れもある。無茶はせず、きちんとガイドたちの指示に従おう。
大物相手に体力を消耗すると、途中からは二人、あるいは三人がかりで挑む羽目になったりする。
…なんか女性客にはガイドたちのサポートも念入りになるような気がする。
過酷なファイトは、幅2mクラスの大物相手だと実に数時間に及ぶこともままある。
だが、激闘の末に巨大な円盤が水面を割る瞬間の興奮は筆舌に尽くしがたい。釣り好きなら、いや生き物好きなら、ぜひその目で見るべき光景だろう。
疲れ果てて浮かび上がったプラークラベーンは、船に備え付けられた巨大なさで網で優しく包み込むように確保される。これでようやく勝負あり!
キャッチ&リサーチ&リリース
そのままそっと船を走らせ、最寄りの船着き場(民家だろうが寺院だろうがお構いなし)へ巨大エイを連れていく。
階段やスロープで記念撮影等を行うのだ。
ファイト中に一度も交代せず、一人きりでプラークラベーンを釣り上げることは「ワンマンショー」と呼ばれ、大変な名誉とされる。腕に覚えのある釣り人は挑戦してみては?
幅1mに満たない若魚が釣れることもある。これくらいならワンマンショーも苦にならないのだが…。
ところで、プラークラベーンの尾にはアカエイなどと同様に鋸歯状の突起が並ぶ毒針が生えている。
プラークラベーンの毒針。糸を引いているのが毒液だという。
これがまた巨大で、針というより短剣のような存在感。非常に危険なので、船着き場へ着いたらまずこの毒針をスポーツ用のテーピングでグルグル巻きに固定してしまう。
これでようやく、記念撮影やその他の作業が安全に行えるようになる。
その他の作業とは何か?
そう。冒頭で少し触れたが、この釣りは決してただのレジャーではない。あくまで研究の一環、希少な軟骨魚類、Himantura chaophrayaを対象としたサンプリングのお手伝いなのだ。
プラークラベーンを釣り上げると、ガイドはすぐに提携先であるチュラロンコーン大学の研究室へ連絡を入れる。すると一体どこで待機していたのか、学生が機材を背負って現場まで駆けつけてくるのだ。
プラークラベーンに施される処置は位置情報を記録するチップの埋め込み、血液採取、体幅(胎盤長)の測定などである。
釣り人は合法的に希少な巨大魚を釣ることができ、研究者は労せずして貴重なサンプルを得ることができ、ガイドたちはお金をもらえる。見事にwin-win-winの関係である。
全てのサンプリングと記念撮影が終わると尾のテーピングが剥がされ、プラークラベーンたちはメークロン川へと解き放たれる。
キャッチ&リサーチ&リリースだ。
最後のお別れは釣り人に任される。尾の先端を持って、そっとリリースしてあげよう。
エイ釣り以外も楽しめる
と、巨大淡水エイ釣りの一部始終はこんな具合である。
サイズを問わないなら、一日だけのチャレンジでもかなり勝算が高い釣りだが、確実に大型個体と出会いたいのであれば複数日の滞在をお薦めする。
そうなると、釣りを終えた午後に結構な空き時間ができてしまう。だが、心配は無用だ。意外にも、ここアムパワーとその周辺は見どころが多い地域なのだ。
まず、メークロンの鉄道市場「タラートロムフープ」。国鉄メークロン駅前一帯に広がるこの市場は、なんと線路上にまで店がまけ出ている異様な空間。
もちろん、廃線などではなく現役バリバリ。一日に何本もの電車が往来するのだが、その度に路上に出店している店は凄まじい速度で品物を片付け、一時的に店じまいをする。そして、電車が通過してしまうとまたすぐに店を開くということを繰り返す、世にも珍しい「折り畳み市場」なのだ。
ただ市場が折りたたまれ、また展開する様を見学するもよし。南国ならではの農産物や水産物、あるいはお土産を見繕うもよし。屋台でタイ料理に舌鼓を打つもよしである。
そして、毎週金土日曜日の15~21時の限られた時間しか開いていないが、タイミングが合えばぜひ訪問したいのがアムパワーの水上マーケット。
水上家屋が立ち並ぶこの一帯は、古き良き時代のタイの面影を残す街として国内外から多数の観光客が訪れてる名所である。
東南アジア特有のエネルギーを感じられる賑わい。
土産物や屋台など、観光客向けの店も多い。
また、無数のホタルがイルミネーションのように集う、いわゆる「ホタルの木」を鑑賞するクルージングツアーも人気を集めている。
ホタル遊覧船は水上マーケットの船着き場から出航するので、興味のある人は早めに買い物を終えてチケットを買いに行こう。
年末はマーケットとその周辺に電飾が施され、ナイトクルージングが盛んに。
全ての釣り日程を終えてガイドたちと別れの挨拶を交わすと、いよいよバンコクへ戻ることになる。そのまま空港へ送ってもらうことも可能だが、もしも時間に余裕があるのなら、中心街を散策するのも楽しい。
バンコクは東南アジア最大の都市。遊び場や見どころは無数にあるのだから。
バックパッカーの聖地、カオサンロード。バンコクには魅力的なスポットがたくさんあるが、どこへ行くにしても詐欺やらぼったくりやらには気をつけよう。
…あるいは「まだ釣り足りない!」という深刻な釣り中毒者はブンサムランフィッシングパークをはじめとした釣り堀へ足を運んでみよう。
手軽に、日本では出会うことのできない魚たちと戯れることができるだろう。
ブンサムランフィッシングパークで釣り上げられた巨大鯉「パーカーホ」。
今年もプラークラベーンのシーズンインまで4か月を切った。
大潮に連休…。条件の良い日程は早い者勝ちでどんどん埋まっていくだろう。早めの予約を推奨したい。
それでは、よい旅を!
※プラークラベーンフィッシングは発展途上の釣りであり、しばしばツアーの仕様が変更されます。今後、実施されるサービスと本記事の内容に齟齬が生じる場合もあります。ご了承ください。