サメに釣り竿を奪われたが どうにか意地と根性で釣り上げた話 (沖縄県)
サメに釣り竿を奪われたが どうにか意地と根性で釣り上げた話 (沖縄県)
これはある夏の晩、僕が沖縄の離島で人知れず奮闘した、すごく地味な、けれど一生忘れることのないであろう捕物劇の記録である。
ゆるく気ままなバカンス……のつもりだった
2016年7月某日、僕は仕事で沖縄本島を訪れていた。
5日間に渡る炎天下の激務は、肉体と精神を容赦なく摩耗させた。早く家に帰って休みたい。
が、しかし。貧乏性な僕には眼の前に亜熱帯の自然が広がっているのに、ビジネスだけこなして帰路につくというのはあまりにもったいなく思えた。
…一日だけでも、一人沖縄に残って休暇を過ごそう。疲れた体に鞭を打って、沖縄の海でシュノーケリングを楽しむ。体力はさらに削られるが、精神的な癒しはたっぷりと得られる。
ハタゴイソギンチャク(Stichodactyla gigantea)とカクレクマノミ(Amphiprion ocellaris)。やはり、この魚は抜群にかわいい。見飽きたつもりになっていても、いざ自然下で遭遇すると思わず目尻が下がってしまう。
せっかくだから、通い慣れた沖縄本島ではなく、フェリーで離島に渡ってみようと思い立った。
水着と、適当にひっ掴んできた釣り具をカバンに放り込み、昼過ぎの便で某島へ渡る。
予定は行き当たりばったりで決めよう。レンタカーも借りない。宿も取らない。そんな手間も面倒くさいくらい疲れてるから。
島を海岸線に沿ってぼーっと歩き、なんとなくたどり着いた海岸で、なんとなくシュノーケリングを楽しむ。一人きりなので、観光客向けの安全な浅瀬でクマノミを眺めたり、シャコを追い回したりする。こんな感じの適当な釣り。お腹がすいたらどうしよう…とか、もし雨が降ったら…とか、もし全然釣れなくて途中で嫌になったら…とか、そういうことは最初から考えていない。(※イメージ画像です 実際は九州でエイ釣りをしているところ)
暗くなったら、これまた適当な港でだらだらと夜釣りに耽る。
あえて宿を取らなかったのは、この遊びを朝までエンジョイするためである。
離島の夜釣りは名前も知らないような小魚が頻繁に釣れてくれるので、魚が好きな僕には堪らなく楽しいのだ。
そして、朝になったら始発の便で帰路につく。ゆるい!いいね!体は休まらないけど!夜釣りに使うエサはダツ。足元の水面に浮いているところを釣り針で引っ掛けて捕まえる。
今夜は適当がテーマなので、釣りエサも一切用意していない。現地調達である。
岸壁を照らすと、カニやフナムシ(リュウキュウフナムシ)が張り付いているし、水面には寝ぼけた小魚たちが無防備に漂っている。こいつらを捕まえて針に付けてやれば良いのだ。
今回は小さなダツが多数浮いていたので、これを釣り針で引っ掛けて捕獲。ぶつ切りにして使うことにした。
とりあえず釣竿をはじめ、釣具はいい加減ながらも一通り揃っているので、これで暇つぶし程度の釣りは十分に楽しめる。
悲劇はフルスピードで
仕掛けを投げ込んでほどなく、魚からの反応が竿先に出始める。
チョンチョン、コツコツという小さなコンタクトはテンジクダイの仲間のもので、ガツガツと激しいアタックの主はゴマフエダイであった。
夜の漁港はスジイシモチ(Ostorhinchus cookii)をはじめとするテンジクダイ類のパラダイス。
幸先のいいスタートにウキウキしてきた頃、港に一人の若い女性が現れた。
こんなろくに街灯も無い場所へ何の用ぞと声をかけてみると、「星を見に来たんです」というなんともロマンチックな返事。たしかに今夜の空には雲一つ無く、満天の星が輝いている。
話を聞いてみると、元は本土の出身なのだが、のんびりした生活を求めて数年前からこの島に移り住んだのだとか。
それでもって日課が港で星を見ることだというから、これまたえらいことロハスな人である。立派なゴマフエダイ(Lutjanus argentimaculatus)。河川汽水域にも侵入することから、英名はマングローブジャック。沖縄での地方名はカースビー(※カワシビとも。「カー」は川の意。「スビー」は「シビ」が転じたものらしいが、これは普通マグロ類に適用されるもの。なぜフエダイ類に宛がわれているかは不明)。
そのまま固いコンクリートの地面に腰かけて、他愛もない世間話をてろてろと続けた。
すると、手に持った竿の先がチョンチョンと小突かれる感覚に気付いた。
魚だ。だが、反応はかなり控えめ。また小さなテンジクダイの類がダツの身をついばんでいるのだろう。
と、その時!
ゴチン!と手のひらがリールのハンドルで叩かれ、8年間も愛用していた釣り竿が、凄まじいスピードで水面へ飛び立っていった。唖然。
小物だったはずが、突然とんでもない大物に変貌したのだ。飛んで行った竿とリールの遺影。ヌタウナギとかタウナギとかオオウナギとかダイナンアナゴとかダイナンウミヘビとかクラリアスとか、いろんな思い出の魚たちを釣ってきた大切な竿だったのだが…。つーか僕のメモリアルフィッシュ、にょろにょろしたやつらばっかりだな。
まるでロケットか砲弾のような勢いに、なす術が無かった。
いや、もっと集中していれば、もっとしっかり竿を握っていれば防げた事故だろう。
しかし、今宵の僕は一味違うぞ。疲労困憊の上に、釣りをするのにエサも用意してこないというやる気の無さ。
しかも、スローライフを楽しむロハスガールと談笑中とあっては反射神経も握力も、ナメクジ並みに低下して然りである。
「自分が話しかけて邪魔したからだろう」と何やら謎の負い目を感じて謝るロハスガールをなだめていると、急に満天の星が見えなくなった。
「マズい!」と思う間もなく、スコールが襲い掛かる。
さっきまでの晴天が嘘のようだ。ロハガは自転車に飛び乗って帰って行った。
さあ、どうする俺!パンツまでスコールでグショグショなのはいいとして、一本きりの釣り竿が失われてしまった。
夜は始まったばかりだというのに、もうやることが何も無いのだ。朝までひたすらびしょ濡れの港でぼんやりと、サナギのように過ごすしかないのか。
いや、意地でもアイツ釣ったる!
この日カバンに入っていた釣り具たち。……ターゲットが決まっていなかったとはいえ、まとまりが無さすぎる。ワイヤーはあるのに、それを切断・結束する道具が無かったり、エアーポンプ自体が無いのに、なぜかそれに取り付けるエアチューブが二組も入っていたり。適当にもほどがある。ここには写っていないが、ほかにカラビナ付きのロープが10メートルとハサミもあった。
仕方がないから丸めたTシャツを枕代わりにして寝ようと試みるが、どうしても眠りにつけない。
地面が硬くて寝苦しいから、というのももちろんあるが、一番大きな理由はそれではない。さっき竿を引きずり込んでいった魚の正体が気になって仕方ないのだ。
こうなったら、あらためて釣り上げることで確かめるしかない。でも釣竿も無いのにどうやって?
……それをこれから考えるのだ。サワラとかピラニアとか、歯が鋭い魚を狙う際にルアーに取り付けるワイヤー仕掛けが何本かあった!これが後にキーアイテムとなる。
とりあえず、夜の港でカバンの中身をひっくり返す。手持ちの道具から使えるものを選び出すのだ。
……ターゲットも釣り場も、何も考えずに持ち出しただけあって、見事なほど道具に一貫性が無い。あらためている間中、「なんで大事なアレが無いのに、こんなモンは持ってきてるんだよ!」と心の中で自分にツッコミを入れ続けた。
あの突っ走り方を見るに、相手は結構な大物だと思われる。というわけで、まずはできるだけ強い釣り糸とタマン(ハマフエフキ)釣り用の軸が太い釣り針を選び出す。
相手がバラクーダやサメのような歯が鋭い魚であることもおおいに考えられるので、ルアーフィッシング用のワイヤーを釣り糸に結び、ルアーの代わりに釣り針を取り付けた。
なんとか仕掛けは形になってきた。しかし、竿が無いという問題の解決にはなっていない。
ならば素手で糸を手繰る手釣りという方法をとるしかないのだが、ポイントへ仕掛けを送り出すには釣り糸の長さが全然足りない。ロープを継ぎ足さなければ。
使用した「ゴミ仕掛け」。使用時ははこれよりももう少し長かった。
とりあえず手持ちのロープ10メートルをすべて接いでみるが、まだまだ足りない。あと10メートルは欲しい。
そこで、港に打ち捨てられた屑ロープや釣り糸をかき集めることにした。
探せば意外と落ちているもので、2時間ほどで必要な量が集まった。ロープに付着したフジツボで手を怪我したりもしたが、妙な具合にアドレナリンが出ていて、不思議と痛みはあまり感じない。
さらに目印と潮の流れを受ける帆の役割を果たすフロートとしてペットボトルを二個拾って、仕掛けに括り付けた。
……よし。不安しか無いが、ひとまず仕掛けは形になった。
次はエサの確保だ。相変わらず水面にはダツが漂っているが、釣竿を失くした今は彼らを引っ掛けて捕ることはできない。
かと言って、網やヤスも手元には無い。ならば、この漁具で捕まえて見せよう。対ダツ用最終漁具、「OLYMPUS STYLUS TG-4 Tough」!!思いっきり間違った使用法だから、絶対真似しちゃダメだぜ!
防水・耐衝撃のデジタルカメラである。意外に思われるだろうが、本当にこれでダツが捕れるのだ。
一体どうやって?ダツをデジカメでぶん殴る!失神したところを素手でキャッチすればエサの確保成功だ。(※イメージ画像です 実際は房総でカタクチイワシをぶん殴っているところ)
まず浅瀬に立ちこみ、カメラのストラップを掴む。そして、漂うダツめがけてヌンチャクのように振り下ろす。
デジカメを鈍器にしてぶん殴るのだ。ヒットすれば、ダツはビクビクと痙攣しながら失神するので、そこを素手で拾い上げる。これでエサGET。
……デジカメでやる必要ないじゃんって?うん、無いよ。ていうか絶対真似しないでね。壊れるかもしれないから。
僕もできれば他のアイテムで代用すべきだったんだけど、ちょうど手に持っていたコレが一番しっくり来たんだ。だからしょうがないよね。ワイヤーに付けた針に捕まえたダツを丸ごと刺して、沖へ向けて流す。
さあ、いよいよ釣り開始!いや、再開!
…あれ。なんかもうここまでの工程をこなしただけで、結構満足してしまった。
正直言って、こんな急ごしらえの仕掛けで魚を釣れるという自信はあまり無い。いや、そもそも僕の竿を奪った魚が、あるいはその同族がまだこの周辺にいるだろうか。
普通に考えて、大型魚ほど個体数が少ないものである。さっきのアレはひょっとするとこの港のヌシ的な存在、奇跡の一匹だったのではあるまいか。
……どんどん釣れる気がしなくなってきた。
いや、諦めてはいけない。このままでは正体を突き止めるために、またこの島に通わなければならなくなる。
そして何より、デジカメで撲殺されるという前代未聞の最期を遂げたダツの命を無駄にしないためにも、僕は本気であの魚に挑まなければならないのだ。アタリを眼で捉えるため、ペットボトルの中に発光体(小型のサイリウム的なモノ)を入れておく。
ちょうど上げ潮の時間帯に突入した。この機を逃してはなるまい。
仕掛けを投入し、潮の流れに乗せて沖へ沖へと少しずつ流していく。
だが拾ったロープが重いせいか、なかなか思うように流れてくれない。ペットボトルを追加したり、微調整を加えながらトライし続けること二時間ほど。
15メートルほど先を漂っていたペットボトルが妙な動きを見せた。スーッと、人が小走りするような速さで、水面を滑走しているのだ。
「来た!エサを咥えて泳いでる!」
疲労と興奮で、心臓が圧し潰されそうだった。
ロープを手繰り、こんな感じでファイトを繰り広げる(※イメージ画像です 実際は沖縄でオオウナギを釣っているところ。 なぜこんなにイメージカットを多用しているかというと、自撮りなんかしてる場合じゃないくらい本気で挑んでいたので素材が足りないのです。ご理解ください)。
てっきり、まっすぐ沖へ向かうと思いきや、逆に8時の方角へ向かってきている。このままではエサを吐き出すか、針を飲み込まれてしまう!それだけは避けたい。
大急ぎでロープを手繰り寄せると、不意に鈍重な手ごたえを覚えた。疾走するように泳ぐというより、頭を振ってもがくように暴れている感触がロープを通して伝わってくる。
ここで相手の正体が僕の大好きな「あの魚」であると確信し、安全確実に取り込むために砂浜の方へとゆっくりと誘導を開始した。
正体は「レモンザメ」!
浅瀬に引き寄せつつ、ヘッドライトの光を当てると、ギラギラと金色に輝く眼と、水面を切り裂く背鰭が見えた。
「やった、サメだ!」
僕はサメがとても好きなのだ。下手な高級魚よりも、サメが釣れてくれた方が嬉しいのだ。
普通の釣り糸ならば、その鋭い歯であっさり切断されているところだろうが、幸いにも針はワイヤーに結ばれている。こればっかりは本当に運が良かった。
しっかり観察すべく慎重に砂浜へずり上げ、尾鰭の付け根にロープを結ぶ。これで勝負あり!
釣れたのはなんと!というか、思った通り!サメだった。これはレモンザメという種類で、沖縄~八重山で結構よく見かける種類。なんかかわいい名前だが、これは個体によっては肌が黄色っぽく染まることに由来する。これはまだまだ若魚で、大きなものは3メートルを超える。
釣れたサメは1.2メートルほどの「レモンザメ(Negaprion acutidens)」という種であった。第二背鰭が第一背鰭に見劣りしないほど大きい点などが特徴で、その名のとおり体色が黄色っぽい個体もあるという。
後々調べてみたところ、この島の周辺にはこのサメがとても多いのだとか。ならばきっと、竿を持って行ったのも彼の仲間だろう。そうに違いない。
顔のアップ。上の写真とはまるで顔つきが違う印象を受けるが、これは眼と顎の構造に起因する。レモンザメの網膜には暗い夜の海で効率よくモノを見るための「タペータム」という反射板があり、カメラのフラッシュなど強い光を当てると上の写真のように金色に輝いて見えるのだ。また、サメ類は総じて獲物や外敵に噛みつく際に顎の骨格が前突し、上の写真のように恐ろしげな顔つきになる。そうでないときはこの写真のように歯も目立たない穏やかな顔をしている。
心ゆくまで観察をしたら、記念のツーショット写真を撮影し、口に刺さった針を外して海へ帰してやった。
全てが終わって一息つくと、東の空が白み始めてきた。もう朝か。……ああ、本当に、いい暇つぶしになったなあ。
そういえば、釣り竿を海に引きずり込んだ個体はその後どうなっただろうか。あの仕掛けは針も糸も細かったので、すぐに針が伸びるなりその付け根の糸が切れるなりして自由は取り戻せるはずだが…。
ということは、竿はすぐに振り外されて、まだその辺りの海底に沈んでいるのでは!
一縷の望みを抱いて明るくなるのを待ち、海へと潜った。しかし、大型船も通る港内は想像以上に深く、とても素潜り素人の僕に落とし物探しはできなかった。
そんなこんなで、髪の毛が海水で濡れたまま、ズタボロでフェリーへ乗り込む羽目になった。しかし、気持ちは晴れ晴れとしていた。釣り竿と引き換えに、あの素敵なレモンザメと出会うことができたのだから。
まあ、身体はそういう綺麗ごととは関係なく疲れ切っており、その後2日間はまともに動けなかったのだが……。