香港怪魚釣り旅行 ~炎天下のドブで大ナマズに挑む~
香港怪魚釣り旅行 ~炎天下のドブで大ナマズに挑む~
全てはこの記事から始まった。
クラリアス 、俗にアフリカンクララとも呼ばれる大型のナマズが香港で釣れるというのである。
香港といえば、僕も昨今の中国バブルにあやかって年に5~6回は通っている魅惑の大都会。
そんな香港に、こんな熱い話があったなんて。
記事を繰り返し閲覧し、ネット社会に感謝しながら情報収集。行き詰れば、知り合いの中国人にも助けを求める。
そして無謀とも言える、手探りの「香港怪魚釣り旅行 」に出発した。
二時間あまりの空の旅を終えて香港国際空港へ降り立つ。ホテルへチェックインするなり、休む間も無くアテをつけた水辺へと向かう。
サイト情報どおり、モンコックから地下鉄で数十分。駅からは徒歩での移動となるが、真夏の香港は暑すぎる。
しばし歩くと、記事で見た覚えのある景色が目に飛び込んできた。
ああ、ここだ。
記事通りの臭さと汚さ。メタンと硫黄の混じり合った、まさに高度経済成長期のかほり漂う水路。
さらに先週この地を通過した台風の影響か、コンクリート製の護岸上が濡れたヘドロでベチョベチョになっている…。
ヌルヌルと靴底が掬われ、移動もままならない。まるでスケートリンクの上を歩いているようだ。
それでも何とか乾いた場所を歩き小さなルアーを投入。
すると、即座に魚からの反応が!なんぼ何でも早過ぎねえか。
釣れたのは狙いのナマズではなく、ティラピアだった。まぁ、外道とはいえ魚はゲットできた。
これでいわゆる「ボウズ」で帰国する恐れは無くなったが…。ティラピアなら日本にも居るのだし、やっぱり大きなクラリアスが釣りたい。
その後もティラピアが入れ食いに。挙げ句の果てには、こんなコも…。
そしてヘドロ製スケートリンクの上を移動するのはあまりに危険すぎる。ポイントの変更もままならない。
この場所、ちょっと無理!いったん体制を立て直そうとホテルに戻ることにした。そして帰り際に橋の上から何気なくドブを覗くと…。川面には大量の魚影。これ全部ティラピア。
そりゃあ入れ食いになるわけだ。一面、ティラピアだらけ。
不完全燃焼のまま、良くも悪くも意南国感溢れるこのポイントを去った。
こうして 旅の1日目が終わる。身体を休めようとベッドへ潜り込むが、興奮しているのか全く眠れなかった。
睡眠不足で迎えた2日目。まずは釣りの基本である朝マズメ(明け方の、魚が盛んにエサを摂る時間帯)を狙おう。日の出前に準備を済ませておく。街にはまだ夜の名残が見え隠れする。
香港地下鉄の始発は意外と遅い。午前6時台で既にこの気温,
朝マズメを狙い撃つつもりが、釣り場に着いたのは7時過ぎ。すでに日は昇りきり、炎天下の暑さに。
釣りに好適とは決して言えない状況だ。
第2のポイントとして目をつけたのは住宅街のど真ん中のドブ。やっぱりドブ。
超臭い。
昨日のドブが綺麗に思えてくるほどだ。
建設中のビルが建ち並ぶ中、いかにも危なそうな廃水、廃液が無数の流れ込みからドブへ注ぎ込む。
この殺風景なドブの両岸は、一面全てが乾き上がったヘドロ。しかし、たまに乾ききってないスケートリンク状態の場所も不意打ちで出現するため、非常に危険である。
そして肝心の水路は…。
映画でしか見る機会の無いネズミの走りまわる下水道のよう。いや、それより遥かに汚い。
水面は真っ黒いアブラでギラギラ。なにか溶けないティッシュの様なモノがガンガン流れてくる。
水位が50センチほどしかない。岸壁にも、びっしりとヘドロが…。
おいおい、こんなところで釣りすんのかい。こんな罰ゲームみたいなことをするために日本から香港まで来たのかい。
一瞬めげそうになる。しかし、こんなドブにまで奴らはいた!
「プハッ」
クラリアスが息を吸いに水面に上がってきている。
これは釣れるぞ!モチベーションを高めて釣り糸の先にルアーを結ぶ。だが流れてくるゴミが多すぎてルアーをまともに泳がせることすらできない。
辛うじてトップウォータープラグ(水面を動くタイプのルアー)が引ける状態。わずか4投目のこと。
「ブバシュッ」
「来たぁ!」
竿に強烈な重みが乗る。クラリアスだ!あまりに早い邂逅。しかも、デカい!全長は軽く1mを超えている。
15分程のファイトの末、大ナマズは髭を蓄えた顔を水面へ上げた。
チェックメイトだ。あとはフィッシュグリップで下顎を掴めばこちらの勝ち…魚の顎を挟む器具であるフィッシュグリップ。これさえ掛ければ勝負ありなのだが…!
…えっ。フィッシュグリップが届かない…!
水位が思った以上に低く、乾いたヘドロに這いつくばっても魚まで手が届かないのだ。
その後も約10分間ほど試行錯誤を繰り返すが、ついに相手の粘りに負けて釣針が伸びてしまった。
なんという初歩的なミス。
困った。釣れても取込めないとは。
今の騒ぎでこのポイントは荒れてしまっただろう。1時間も滞在していないが、また場所を変えねば。
まだたった4投しかしてないのだが…。
酷暑の中、Google earthを頼りに地下鉄移動と徒歩でポイントを探す。
来る前から覚悟はしていたが、この釣りはひたすら歩く、歩く、歩く。
どうにかめぼしいポイントをいくつか見つけるも、どうにもしっくりこない。
お昼前、暑さに朦朧となりながらドブ臭い貯水池を発見。
第一印象は、「マジでぇ!?」の一言。
なんじゃこりゃ。超絶汚い。
これ…、化学実験後の産業廃液貯水池だろう。
マイルドに言っても、化学物質を混ぜ込んだ肥溜めといったところ。
画像に写るのは藻ではない。全てヘドロなのだ。おいおい…。中国、大丈夫か?
広さは25メートルプール位。水深は20センチ位。
いや、その下は真っ黒なヘドロがどれほど堆積してるのか見当もつかないが。
もはや、釣り場として評価する以前に、こんな水辺がこの時代に存在するという事実に驚く。水を持ち帰り、成分を分析してみたいくらいだ。
もちろん、こんな水にルアーを投げ入れるのは躊躇う。日本から連れてきた愛用品たちが、何かの化学物質に反応して溶けてしまいそうではないか。
だが、あの姿を見てしまうと話は別だ。
そう。呆然と立ちつくすその溜池は、クラリアスの巣窟だったのだ。
水面へ息継ぎに上がってくる数が半端ではない。
しかも、デカい…!1m級なんてざら。もしかすると子どもの背丈くらいあるのではという特大個体までもが息を吸いに水面へパコパコ出てくる。ヘドロの中から…。
日本という国に生きる者としては、とても生物が棲める環境には見えないのだが…。たくましすぎるな。
あまりの光景に躊躇いながらも、とりあえず一番愛着の無いルアーを投入。すると…
「ガボッシュ!」
いきなり食ってきた!そしてやっぱりデカい!20分以上かけてようやく岸へ寄せる。
「ゲッ!」
間近で見ると、想像以上にとんでもなく大きい!150cmくらいあるのでは…。
魚がうねる度にヘドロが舞い、たまらない悪臭が鼻を突く。足場も悪い中、岸際の攻防を続けること更に10分。
何とか口にフィッシュグリップを突っ込む。よっしゃ、今度こそゲットだぜ!
が、その瞬間。 余力を振り絞ってのひと暴れか、あるいは余裕の身じろぎだったのか。巨大なカラダをうねらせるクラリアス。
あまりの力に、フィッシュグリップごと身体を持っていかれそうになる。
「落ちるっ…!」
思わずフィッシュグリップを手から離してしまう。
フィッシュグリップごと逃げられた!?ショックを隠しきれない。
いや、でも落ちなくて良かった。この池、落ちたら確実に重大な健康被害をもたらしてくれる気がする。
だがフィッシュグリップを失ったのは間違いなく大きな痛手だ。この後の取込みは更に困難を極めることになる。
…よし、じゃあとりあえず小さい個体を狙おう。何とか無理やり気を取り直す。
小型個体が食いついてくれるよう、できるだけ小さなルアーを選んで投入する。しかし!またもメーターオーバーの大型が丸呑み!そして反転と同時に釣り糸が切れる。
これが3度も連続で続く。このナマズの口には硬い歯が敷き詰められているため、ルアーを呑まれると擦れてすぐに切れてしまうのだ。
ならば、やはり容易には呑み込めないようなデカいルアーを使うしかない。
大ぶりなルアーを結び直して水面へ投げ込むと、またすぐにメーターオーバーが飛びついた。水面へ飛び出して食いつくので、掛かった場所から魚の大きさまではっきりと見てとれた。
が、ヘドロの底に潜ると ルアーの抵抗もプラスされ釣り糸が耐えられない。ダメだ…。この魚の力を甘く見ていた。
まあ仮に岸際まで寄せられたとしても、フィッシュグリップ無しではこのサイズを取り込む術が無かったのだが。気が動転して、冷静な判断ができなくなっていた。
これ以上、不幸な魚を出してはいけない。いったん竿を仕舞い、ホテルへ戻る。帰りの地下鉄は満員。はぁ、ついてない。
昼過ぎにホテルへ戻る。まずはシャワーで汗とヘドロ臭を洗い流す。
そしてさっそく、フィッシュグリップに代わる取込み用アイテムを作る。
道で拾ったロープの切れ端に、持っていた1番太いフックを取り付ける。さらに、Tシャツの端を切って巻き付け、アロンアルファで固定する。
我ながら良く出来た。簡易落とし込みギャフだ。寄せた魚にこれを掛け、ドブから引き抜くのだ。
口に掛かるか? フックがもつか?不安もあるが、無いよりはマシだ。ここまできたらポジティブシンキングで臨むしかない。
さて、夕マズメを狙うべく再出発。化学実験廃液貯水池に直行する。午前より更に暑さが増している。照り返しも加わって、40℃にも達していそうだ。
過酷な条件の中、ルアーの大きさやフックの大きさなど、様々な要素を何度も何度も試行錯誤する。
いろいろなルアーと針の組み合わせを試してみる。
魚は食ってくる。針に掛かってくれる。だがやはり、1mを軽く超す大物は掛かっても上げられない。
何度目のアタリだったろうか。少し小さい個体が食いついた。80㎝あるだろうか。
「おっ、これなら上げられるっ!」
大物を釣りに来たはずなのに、おかしな安心感を覚えてしまう。
ファイトに気合いが入る。ファイトに約10分。そののち、取り込みにまた10分。
8本のヒゲにロープが触れる度、大暴れを繰り返すクラリアス。そのため取込みにやたら時間が掛かる。
だが、なんとか自作の落とし込みギャフを口に掛けることができた!ようやく1本目の大ナマズを手にしたのだ。
写真に収め、計測。
全長は、103cm……?あれっ!?1m超えてる!?
えっ!じゃあ、今までバラしてきた大型個体は一体どれだけ大きかったの!!
その後、コツもだんだんと掴み、数匹のメーター級を手中に収めて納竿とした。
そして迎えた3日目。最終日となるこの日も、酷暑の昼間を避けて朝マズメ、夕マズメにポイントへ向かう。
それでも十分すぎるほど暑い !!Tシャツを絞ると汗が滴る。3時間で 2リットルのポカリを飲むが、小便が1度も出ない。
だがどんなに暑くても、釣りの方はコツが解ればコチラのもの。全てに余裕が出てくる。
2、3匹で後ろから追ってくるヤツ。ヒゲでちょんちょんとルアーを確かめるヤツ。そんな小心者 (?) は釣れない。
ヒットするのは全て、前置き無しで突然に水面を炸裂させる豪の者たちばかり。
だがやはり、残念ながら特大個体を取り込むことはできない。だが、即席ギャフには随分と助けられ、最終日にも数匹の メーター級を手中に収めることができた。
そしてあまりの暑さに体力の限界を察し、竿を仕舞った。
たまに水面に上がってくる推定150cm級の超大物には、いずれ万全の体制を整えてからまた挑戦したい。
夕食後、行きつけのマッサージ店で釣果の写真を見せると大盛り上がり。
ビールもおごってもらい、ナイスな香港ラストナイトを過ごして満足のまま帰路についた。
こうして無事、無謀とも思えた『香港怪魚釣り旅行』は幕を閉じたのだった。