香港のドブでアフリカの巨大魚「クラリアス」を釣る
香港のドブでアフリカの巨大魚「クラリアス」を釣る
大都市・香港。
およそ、秘境や大自然とは縁遠いと思われるあの街に、大量の巨大魚が生息していると聞いた。
しかも、とびきり汚いドブに。さらにさらに、その魚は元々香港に分布していたものではなく、アフリカ大陸の出身であるという。
…一から十までわけがわからない。わからなすぎて、かえって興味深い。釣り竿片手に、視察へ行ってみた。
(航空券が)安い!(到着が)早い!(食事も)美味い!
2015年11月中旬。完全に思いつきで、無計画に旅立ちを決めた。
航空券の手配が7日前と、海外旅行にしてはずいぶん切羽詰まったプランニングである。けれど、意外にもチケット代は三万円台と非常に安く上がった。
国内各地の空港に香港便LCCが盛んに乗り入れているおかげだ。フライトタイムもわずか三時間。コストは沖縄旅行と大差ないのではないか。
しかも、香港といえば食事も評判が良い。美味しい料理は遠征の大きな楽しみだ。
あー、映画で観た風景だ。
手軽さと言えば、だ。
航空券を手配した直後、あるTV番組のディレクターに「今度の休暇は香港のドブへ大きな魚を釣りに行くのだ」と何の気なしに話した。すると即座に、
「俺もカメラ持ってついて行っていいですか⁉︎」
と来たものだから流石に面食らった。
そんなに軽い感じで行っちゃうの⁉︎それって一応海外ロケになるんだよね⁉︎
だが、こちらとしては大いに歓迎である。仲間がいるのは心強い。それにいやらしい話、テレビが絡めば宿代とか食事代も出してもらえるし。
出発前から順風満帆だ。
竹で足場を組んだ建設現場。これも映画のままだ。残念ながら、悪党と戦うジャッキーの姿は無かった。
まず、空港から鉄道で今回の拠点となる旺角(モンコック)の街へ向かう。
市内でも随一の繁華街であるこの街。密集した建屋を彩る赤いネオンと、通りに溢れる人混みはまさにアクション映画で見る「香港」そのものである。
こんな街に魚がいるのか…?それも大物が…?
実は今回の探索行、ネットで知り得た一本の河川を除いて、ポイントの目星がろくについていない。
その川だけで勝負がつくとも思えないが、それを踏まえても「とりあえず行ってみれば見つかるんじゃないかな?」くらいの軽いノリでの挑戦なのだ。なんとかなる根拠は無いが。
よって、市内を流れるどの水系にもアクセスしやすいよう、中心地である旺角に宿を取ったのだ。
市場の鮮魚店。海川問わず、多彩な魚介が並ぶ。鮮度もなかなか良好。
ターゲット「クラリアス」はナマズの一種
ところでその巨大魚の正体は、名を「クラリアス」という分類群に属すナマズの一種である。なぜアフリカ原産のナマズが香港に。
それは後ほど説明するとして、総じて貪食なナマズの類ならば、魚の切り身でも投げ込んでおけば難なく釣れるであろう。居場所さえ掴めば、手強い相手ではないはず。
初日はとりあえず、市場でエサとなる魚を買い込み、現時点で唯一、所在の割れている川へ出向くことにした。
香港の鮮魚店が面白い!
タイワンドジョウやカムルチー、やコウタイなどのスネークヘッド類も活けで多く並ぶ。これぞアジアの市場!という感じだ。
この市場がまた面白い!海産、淡水産を問わず、様々な魚類あるいは貝類甲殻類が売られているのだ。
中華圏の食文化がいかに懐深いかを思い知ると同時に、この土地の魚類相をおおまかにではあるが掴むことができた。
日本では外来魚として邪険に扱われがちなレンギョ類も香港では立派な食用魚。身はもちろん、頭だけでも売られていた。
魚好きとしては、単純に眺めているだけでも大変面白い。
「コレもいるのか!アレはなんだ!…え、ソレも食うの…?」
時間が経つのを忘れてしまうほどである。
ムツゴロウの仲間か。どうやって食べるのか気になるところだ。
世界中の熱帯地方で食されているティラピアはここにも。まあこれには驚かなかったのだが…
なんと霞ヶ浦水系で猛威をふるっているチャネルキャットフィッシュ(北米原産)の姿まで!養殖モノだよね?まさか自然の水系には定着してないよね?これにはちょっとびっくり。
左はスッポン。右は…「草亀」と書かれているが、実はアカミミガメ。なんでも食うんだな。香港の人たち。
市場ではないが、街の雑貨店には金のアジアアロワナが鎮座。魚のチョイスに土地柄出てる。しかし、三十一万香港ドル…。
ポイントへは地下鉄で移動!
だが、いつまでも市場散策をしているわけにはいかない。
新鮮そうなアジと活きたコイ科の小魚を買い上げ、地下鉄で川へ向かう。
移動は地下鉄と徒歩。アーバンサイドフィッシングならではの攻め方。僕はこういう釣りや採集行が大好きだ。
地下鉄の駅はとても清潔で洒落ている。人々のマナーも良く、とても快適だ。
ビル群を望む第一のポイント。ここには間違いなくクラリアスが生息しているはずなのだが…。
旺角から地下鉄で30分ほどだろうか。
この旅最初のポイントとなる川へたどり着いた。
水質は…、一目見ただけで汚いとわかる。ヘドロ臭も立ち込めている。これはドブと呼んで差し支えなさそうな川である(その後、これはまだまだマシな方だったと思い知ることになるのだが…)。
早くも発見!しかし釣れない!
アジの切り身でライギョが釣れた!嬉しいんだけど、今の狙いはキミじゃないんだよな〜。
だが、水面を見つめていると魚の影は見える。
小型のハクレン、ティラピア、タイワンドジョウ…。市場で見た魚たちが黒い水の中を泳いでいる。
興味深く観察していると、突然水面が大きくうねった。暗褐色の頭部が現れ、「プホッ」と息を吸う。長いヒゲも見えた!クラリアスだ!一メートル近くある!
そう、この魚は直接水面へ顔を出して空気呼吸を行うことができるのだ。そのため、溶存酸素が不足しがちな汚れた水の中でも不自由なく生活できるというわけだ。
やはりいた!
急いで仕掛けを作り、新鮮なエサを針に掛けて投げ込む。
同行のディレクターY氏は、あまりに釣れない僕を見限って中空フロッグでライギョをゲット。え、仕事は?
…釣れない。おかしいな。姿が見えたときは、もう釣れたも同然だと思ったんだが。
ようやくアタリがあったかと思えば、釣れてきたのは小さなライギョ。とりあえず魚が釣れて、悪くない気分ではあるが。
川沿いの街路樹ではキノボリトカゲの一種を発見。
南西諸島のキノボリトカゲよりも大型で、噛まれると地味に痛い。でもかわいい。
夜になると、路上には沖縄でおなじみのアシヒダナメクジ類が現れる。やはり、動物相は南西諸島に似通っている。
その後、夕暮れ時に数匹のクラリアスが水面でエサを摂りはじめた。特に小魚が水面を逃げているような様子は無い。小さな羽虫でも食っているのだろうか?
ともあれ、これはチャンス!だが、周りにエサを投げ込んでも一切反応が無い。
そうこうしている間に川面は沈黙。
初日の釣りはここで一旦終了となった。
…そこにいるのに、しかも食い気があるのにエサを咥えない?どういうことだ?
うーむ、明日は大幅に作戦を変えて挑むことになりそうだ。
夜は火鍋を囲む。薬膳の力なのか、どんなに疲れ果てていてもこれを食べれば、不思議と元気が漲る。特に鴨の血を固めた「血豆腐」が美味しい!
それから、24時間営業のお粥屋さんも思い出の味。中国粥はもちろん、アツアツの揚げパンも美味。これを夜な夜な買い求めてはかじっていたので、たった数日の滞在で内臓脂肪が増えてしまった気がする。
さらに細く、汚いドブへ
二日目。初日のポイントにもクラリアスはいたが、うじゃうじゃ湧いていたわけではない。
正直言って、僕の腕では狙いすましては釣れない気がする。
そんなわけで、より密度の濃い場所を早めに見つけておこうと、この日は細い水路に目星をつけて探っていくことにした。
もうホント、どうしようもないくらいドブ。川幅は3メートルも無いくらい。
Google Mapsを頼りに細い水路を見つけ出し、水面にクラリアスの呼吸を探す。…のだが、この水路がめちゃくちゃ汚い…!
昨日の川も大概だったが、こちらはその比ではない。エリアによっては大量の排水が流れ込んでいて、「がぶ飲みメロンクリームソーダ」みたいな、自然界ではありえない色に染まっている。さらに、水面には藍藻の塊がポコポコと浮き、水底のヘドロは悪臭を放っている。
いくら汚濁に強い種でも、こんなとこに魚がいるわけないだろ!
と思った矢先。モワッ、と水面が揺らぎ、愛嬌のある大きな顔が飛び出した。
「いたーーーーー⁉︎」
メタンと硫黄の混じった、高度経済成長期のかほりが漂う水路。こんな掃き溜めのようなドブが、クラリアスのホットスポットだった。
しかも、その数が尋常ではない。
水面を見渡していると、常にどこかで「モワッ」「パフッ」「ポコン」と彼らの息継ぎが行われている。
段違いの密度…!
今度こそもらった!
釣れたクラリアスは食べてみるつもりなので、少しでも水のきれいなエリアを選び、二本の竿で魚の切り身を放り込む!
が、アタリ無し!
なんでよ!
エサではなくルアーに軍配が
意外かもしれないが、小型のバイブレーションプラグにもっとも反応が多かった。
ならば、ルアーか?
この魚がルアーに反応するという話は聞いたことがあったが、それでもナマズを釣る上で、疑似餌が生のエサを凌ぐとは思えない。
だが、アタリの無い竿を眺めているのも退屈だ。
暇つぶし程度の気持ちで、ルアーを投げ込む。
大きなルアーには反応が無い。だんだんサイズを落としていくと突然、「ガチン‼︎」
何かが、ルアーにアタックしてきた!しかし針には掛からず。慌てて回収してみると、糸とルアーを接続する金属製のスナップがひしゃげている。
「ここを噛んだのか…?そんなに顎が強いのか…?」
きっと、いや間違いなくクラリアスだ!スナップを外し、直接スプリットリングに糸を結び直す。
足元でルアーをヒラヒラと上下させてみる。
「ガチッ、ジイィィィィィィィィーーー‼︎フッ…」
一瞬の出来事だった。石がぶつかったような硬いアタリの直後、凄まじい勢いでリールから糸が引き出され、フックオフ。
ルアーのフックを確認すると、見事に伸ばされている。
「こんなに引く魚なの…?」
無残に伸びたトレブルフック。もっと太い番手を使えればよかったのだが…。
その後もアタリは頻繁にある。
しかしエサを食うのが下手なのか、口が硬すぎるのか、なかなか針掛かりしない。
掛かっても針を
伸ばされる。針を太くすると、ルアーが上手く動かずアタらない。太い針でも泳ぐ大きなルアーには無反応だし、たまに食っても上手く吸い込んでもらえず掛からない。
ああ!イライラする!
ようやくランディング直前まで持ち込んだメーターオーバーの個体は、まったく口を開けようとせず、フィッシュグリップをはめられずにまたフックオフ!
この繰り返しで二日目と三日目は終了。
だが、狙い方はわかった!
万全の体制で挑んだ四日目、ようやくその魚を抱き上げることができたのだった。
ドブで大物、釣れた!
ようやく釣れてくれた110センチのクラリアス。スレ掛かりだったので、そのファイトはまるでハマチのようだった。ハマチ釣ったことないけど。
至近距離に出た呼吸めがけてバイブレーションプラグを投入する。チョンチョンと水底を小突いているとガチッという硬質なアタリが。だが、掛からず。さらにその場で数秒粘ると、竿先にたしかな重み。その直後、異様な勢いでリールから糸が吐き出される。
これがドブのナマズの引きか⁉︎いくらデカくっても強すぎない⁉︎
…五分以上にわたるファイトの末、足元まで寄ってきたクラリアスを見て違和感の原因がわかった。口ではなく胴体へのスレ掛かり。こういう掛かり方をすると、魚は異様に強く引くのだ。
だが、やはりサイズは確実に一メートルオーバー。
「これはデカい!慎重にいきましょう!」
ディレクターのYさんが叫ぶ。あ、そっか。これテレビの撮影でしたね…。
だが、針が胴に掛かっているのでは、口をこちらに向けられない。つまりフィッシュグリップでのランディングができないのだ。
でも、まごまごしているとまた逃げられるだろう。
最終手段だ。右手でクラリアスの掛かった竿をさばきながら、別の竿で獲物の頭部付近にルアーを無理やり引っ掛ける。
二本の竿を引き絞り、魚を浮上させる。顔が見えるなり、鰓に手を突っ込み、岸へ引きずり上げた。
勝負あり!
橋の上からは通行人やサイクリストたちの歓声が。皆ずいぶん驚いているようだったが、もしかしてここにこの魚がいること自体知らなかったのかな?
意外と苦戦してしまったが、ようやく釣れたクラリアス。
食べる前によく観察しておこう。
不思議な魚だ!クラリアス
この魚が属す一群は「ウォーキングキャットフィッシュ」と呼ばれることもあり、胸ビレを支えにして陸上を這い回ることができる。干ばつ時に、より水量の多い場所へ移動するために獲得した特徴だろう。空気呼吸の件と言い、過酷な環境に特化した設計。異国のドブなど、彼らにとっては何でもないのかもしれない。
生時、8本のヒゲは、中に骨格でも通っているようにピンと張っている。そして頭は兜のようにカチンコチン。
ちなみに、クラリアスの仲間は日本国内だと鑑賞用に持ち込まれたClarias batrachusの色彩変異個体が沖縄に定着している。つまり、万が一にもアフリカの大型クラリアスが持ち込まれれば、国内で繁殖してしまう可能性は十分にあるということ。
仕事を終えたYさんも心おきなく釣りを楽しむ。こうして持つと、頭以外はライギョみたいだね。
中型個体と大型個体を並べると、何か違和感がある。
中型個体の体表はマナマズやオオウナギのような迷彩柄(?)が明瞭であるのに対し、大型個体ではべったりと塗りつぶしたよう黒い。
さらに印象的なのが頭部の形状。中型個体は比較的滑らかだが、大型個体では眼の後ろの骨が大きく隆起し、ゴツゴツしている。こうした老成に伴う体色や骨格の変化はチャネルキャットフィッシュなど他種のナマズでも見られる。
口は正面にだけ開く、「掃除機系」の形状。これで、食べられそうなものを手当たり次第に吸い込んでいるのだろう。ではなぜ切り身で釣れなかったのか。謎だ。
顎には硬く細かい歯が前後二層にわかれて敷き詰められている。釣りで狙う場合は歯切れ対策のリーダーが必須だ。
仕事から解放されたYさんが止まらない!もう撮影の無い最終日もグッドサイズをキャッチ!あれ、まさかロケ自体より自分で釣ることが目当てだったのでは…?
ドブのナマズを食べてみよう!
ところで、そもそもなぜ香港にアフリカの魚であるクラリアスが生息しているのか。
事の真相は、食用に輸入したものが逃げ出し(あるいは放流され)、野生化してしまったということだと考えられている。というか、それしか考えられない。
ヒレナマズの仲間は食用魚として、東南アジアを中心に高い人気を誇っている。そう。実は美味い魚なのだ。
クラリアスの仲間(ウォーキングキャットフィッシュあるいはヒレナマズ類とも呼ばれる)は東南アジアからアフリカにかけてたくさんの種が広く分布しており、その多くが食用となっている。飼育繁殖が容易であることから、アジア圏ではご当地産の小型種が盛んに養殖されており、古くから安くて美味しい大衆魚として人気を集めてきた。
そして、後にはるかに大型で大量の肉が採れるアフリカ産の種に目がつけられ、香港や台湾など各地で養殖が始まった。
…その結果がこれである。
ホテルの清掃員にチップ(なぜか香港で人気を博している「出前一丁」を大量に)を渡し、浴室でクラリアスを解体させてもらう。なお、汚れや臭いが残らないよう念入りに掃除したところ、明らかに入室時よりも綺麗になってしまった。清掃員、普段の仕事サボりすぎだろ。
まあ、そういう残念な話もあるのだが、ということはつまり、この魚は美味いのだ。いや、美味いはずなのだ。本来は。
住んでいる環境があのドブだというのはかなり引っかかるが、試してみる価値はある。
魚の味が、彼らの暮らしている環境にどれだけ左右されるか、というテーマを明かす材料にもなるだろう。
とりあえず、食ってみよう。
これが何かお分かりだろうか。正解はクラリアスの鰓の一部。肺胞のように細かく枝分かれすることで表面積を増し、空気呼吸を可能にしているのだ。ベタやタイワンキンギョ、スネークヘッド類に見られるラビリンス器官とほぼ同じ理屈である。
身は牛肉のように赤く、やたら脂が乗っている。今回に限っては、この脂の存在が恐ろしくて仕方が無い。臭みがここに凝縮されていそうだからだ。
なお、解体中に観察した消化管内にはみっちりと、真っ黒なヘドロが詰まっていた。あのドブの泥中には大量の赤虫(ユスリカの幼虫)が生息していたので、それらを泥ごと飲み込んで食っていたのだろう。
そんな偏った食生活ゆえ、魚の切り身には目もくれず、ルアーに反射的なアタックを見せるだけにとどまったのかもしれない。
うわぁ、俺、今からそんな魚食うのか…。
東南アジアではこの手のナマズに串を打ち、醤油ベースの甘辛い味付けで炭火焼にする。今回はまず、それに倣って純和風の蒲焼にしてみる。
クラリアスの蒲焼き。焼き上がりはかなり良い感じだが…。
揚げクラリアスの withチリソース。万が一多少臭くても、油で揚げて香辛料ぶちまければ食えるだろうという雑な発想。しかし…。
アラはあえて、素材の味をとことんまで楽しめる潮仕立てのすまし汁。もう、作ってる段階からキッチンがドブ臭い。
今まで食べた魚の中で一番マズい‼
まあ、こんな感じの味です。
…あんまり引っ張ることも無いだろう。
はっきり言って、マズい。超マズい。今まで食べた魚の中で一番マズい。というか、一番臭い。
蒲焼を頬張り、咀嚼した瞬間から食物にあるまじきケミカルでデンジャーなフレーバーが鼻腔を衝く。
ドブの底に堆積したヘドロ臭に、ほんのりと化学洗剤のような香り。
…これ、美味いマズい以前に食べたらいかんヤツじゃないのか。
揚げても、タレをかけてもダメ。二噛みもすると、隠しきれない移り香が、いつしか鼻腔に浸みついてついてしまう。
試食にはYさんほか数名が同席したが、誰もが否定的な感想。一切れ食うのが精一杯といった感じ。
なんか健康に影響がありそうなレベルの臭さなので、無理強いもできない。
すまし汁などはもってのほかである。これは湯で希釈したドブ水だ。
アラを無駄にしたくない気持ちで作った一品だったのだが、結果として水道水と食塩まで無駄にしてしまった。もういやだ。
だが、こんなことで挫けてはいられない。まだ半身がたっぷり残っているのだから。
洗いまくればどうだ⁉
とりあえず細かく刻んで
しかも、ここからは僕一人での戦いである。
この異様な臭気を放つ肉塊を、一人でまともに平らげるのは不可能に近い。
ならば、とっておきの裏技にして究極の力技を繰り出すほかあるまい。
徹底的に「洗う」のだ。
牛乳に浸し
さらにそれを何度も何度も水洗いし
さらにさらに日本酒でも洗う。この一連の工程を何度も何度も繰り返し、ひたすら「素材の味を殺す」。目指すはただのタンパク質塊だ。
それを叩いてすり身にし、また酒と水で洗う。布巾で濾して、臭い消しのおろしショウガと合わせて揚げれば…
香港のドブ産クラリアスのすり身揚げ(臭み消しスペシャル)の完成。
何度も牛乳と水と酒で徹底的に洗い、すり身にしてもなお洗い、臭み消しのショウガまで投入し、最後は揚げる!
さすがにここまでやれば臭みも流れて消えているはず!
さあどうだ!
あー、まだ臭いっすわ…。
…ダメでした。
七割引くらいにはなったように思うが、それでも残りの三割が強烈すぎるのだ。
それでも、命をくれたクラリアスへの敬意と責任感、あとは個人的な意地で、三~四日間かけて半身をすべて食べきった。
…すり身揚げを一粒食べるごとに、大嫌いな咳止め薬を「病気を治すためだから」と頑張って飲みくだしていた幼少時の気持ちを思い出していた。
本来は美味しい食用魚がここまでキツい味になるとは…。
やはり、生息する環境、水質というのは魚肉の質をにとても大きく作用するのだなあ。
もし、今後の人生で香港に居を構えることがあれば、ぜひこのドブナマズを清浄な水で一ヶ月くらい飼い直してから食べてみたい。
きっと、見違えて美味くなると思うのだ。
それこそが、この魚が持つ「本来の味」なのだろうから。
学ぶことの多い旅でした
そんなこんなで、香港へアフリカの巨大魚を追うという不思議な旅は終わった。
香港の文化と自然、外来種問題。クラリアス
の生態、そして味…。
様々な面で学ぶことの多い日々であった。
ところで、大量のすり身揚げを消費した直後の二日間ほど、胃腸の調子がすこぶる悪かったのだが、あの症状は一体なんだったのだろうか。
いや、きっと単に揚げ物の食べ過ぎだな。
そうに決まってる。