ガイアナ共和国 弓で魚を射る!アマゾン奥地の伝統漁法
ガイアナ共和国 弓で魚を射る!アマゾン奥地の伝統漁法
静まり変えった深夜の大河。
ジャングルの奥地に暮らす漁師たちは、今宵も小さな船を出す。片手に弓を携えて…。
彼らは、竿でもなく、網でもなく、銛でもなく、川面に矢を射て魚を獲る。遥か昔から変わらぬ日常。
…されど、我々にとっては非日常以外の何事でもない。にわかには信じられないような話ではないか。
これは何としてもこの目に焼き付け、記録を残したい。物音ひとつ立てないことを条件に、特別にこの「弓漁」に同行させてもらった。
ボートを引きながら魚を探す
足元に横たえた手作りの弓が彼らの漁具にして猟具。矢から手元には紐が伸びていて、撃ち抜いた獲物はこれを手繰って引き寄せるという。
村をいくらか離れると、軽快なエンジン音が唐突に緩む。普段は呑気な漁師たちの顔つきが変わった。いや、真っ暗で顔なんて見えないのだが、明らかに纏う空気がピリピリしたものに変わっている。見えずとも分かる、そこには研ぎ澄まされたハンターの顔がある。
ーー気圧される。持ち込んだヘッドライトもカメラのフラッシュも、とても焚くことができない。一旦カメラをポケットに仕舞う。
低く唸っていたエンジンは、いよいよ完全に押し黙った。
狙いの魚は流れの強い瀬を好むらしい。
ポイントに差し掛かると、アントニオと名乗った漁師はボートを降り、あろうことか舟頭(ミヨシ)と自分の体をロープで繋ぎ、川を遡りながら獲物を探し始めた。彼の額に輝くLED球のヘッドライトが、今この空間で唯一、文明を感じさせてくれる装置である。
暗闇の中で百発百中
それにしても、こんな態勢で魚が獲れるというのか。
訝ったその時、アントニオの視線がある一点に止まる。次の瞬間、彼は目にも留まらぬ速さで弓弦に矢を番え、放った。矢は水面に突き刺さる。と、細杭のような矢軸が、勢いよく瀬の中を走りはじめた。
「当たった!」
沸く我々。
一方のアントニオは別段に慌てる様子も無く、ロープを手繰り寄せた。
獲れた魚は大物だった。
…ひょっとすると、彼らの夜目には獲物の影がいくつも見えていたのかもしれない。その中で一番大きなものを、狙い澄まして射ったのではないか。
このピラニアのオバケのような魚は、現地名を「レッドパクー」と言う。体側から伸びる紐の先には矢尻が埋まっている。
その後もアントニオは次々と矢を放ち、巨大なレッドパクーを撃ち抜いていく。
放った矢は100パーセントの確率で魚を連れて帰ってきた。相手が激流の中を泳ぐ魚であるにも関わらず、だ。
…ふと、もしここで今、彼の機嫌を損ねたらどうなるのだろうと考えた。
彼の本日の戦績は今のところ百発百中…。
あぁ、絶対に怒らせては、邪魔をしてはならない…!
ついでに獣も狩る!
さて、大漁大漁。これで意気揚々と村へ帰るのかと思いきや、アントニオが何やら森を指差している。
「…パッカがいる。」
パッカ?夜の森を凝視しても、僕には何も見えない。そもそもパッカって何だ?
状況を飲み込めずにいるこちらをよそに、アントニオはボートを岸につけ、闇に向かって弓を構えた。
ドスッ…ギャーギャーギャーギャー!
一発で当ててみせた。
悲鳴から察するに、パッカとはどうやら獣の一種らしい。
射たれたパッカという獣は、全速力で巣穴に逃げ込んだ。相手も必死。矢についた紐で引っ張り出せるほど楽じゃない。
引きずり出された獲物は、大きなネズミ。筆者も作業に加勢したが、身体の大きさに不似合いな力強さに驚かされた。
現地ではパッカやパカと呼ばれている。背中の柄がウリボーのようにも見える。
息のあるうちに血抜きを行う。美味しくいただくための知恵だ。
今度こそお土産が揃った。レッドパクーもパッカも、現地で人気の美味しい食材。
弓と釣り竿で集めた大量の食材達。
村の船着場へ戻ると、同時に漁(あるいは猟)に出ていた他の漁師たちも、次々に暗い川から上陸してくる。それぞれに獲物を引っさげて得意げだ。アントニオを含めて皆、いつの間にか元の朗らかな表情を取り戻している。
そのまま川辺で獲物の処理を行うのだが、いつの間にかその臭いを嗅ぎつけて、周囲には巨大なワニが集まっていた。
実際、筆者はこれまでに何度も、ワニが川辺に置かれた獲物をくすねていくところを見てきた。
後世に伝えていってほしい狩猟文化
数日後、また別の漁師が弓漁に誘ってくれた。
前回、船の上でずっと良い子にしていたので、アントニオが太鼓判を押してくれたのかもしれない。
彼の狙いもまたレッドパクー。次々に射抜いてはボートに放り込んでいく。
一度、試しに弓を引かせてもらった。目の前でこんな大漁を見せつけられては、興味を持たずにはいられなかったのだ。
…魚に当たらないどころか、まともに飛ばすことすらできなかった。その他、世界各地の伝統漁法の例に違わず、この弓漁も相当な熟練を要するらしい。
もっと効率的な漁法は他にいくらでもありそうな気もするが、未だにこの漁が途絶えないのには何か理由があるのだろう。
単にパクーを獲るにはこの方法がベストマッチだからか。あるいは、一つの漁具で同時に獣も狩れるからか。いやいや、もしかするとこの漁法なら雑魚や幼魚の混獲があり得ないから、水産資源の維持に繋がるという先進的な考えゆえ?
…真相はどうであれ、いつまでもこの興味深い漁法が、地球の裏側で受け継がれていってほしいと願う。