南米のドブでソバオウワメヘビを捕まえるとジャッキー・チェンと呼んでもらえる(ガイアナ共和国首都・ジョージタウン)
南米のドブでソバオウワメヘビを捕まえるとジャッキー・チェンと呼んでもらえる(ガイアナ共和国首都・ジョージタウン)
いざ、地球の裏側のドブへ!
アマゾンの奥地で魚採りをしてきたという友人の土産話に耳を傾けていた折のことである。
やれ「全身がオレンジ色をしたプレコがいる」だの「夜の砂浜で淡水エイが採り放題」だの、ジャングルでの出来事は当然のように面白い。
だが僕はそれに負けぬほど、経由地として一晩の宿をとったというガイアナ共和国の首都・ジョージタウンの街中についての話題に強く興味をそそられた。ガイアナ共和国首都・ジョージタウンの中心地。海へとつながる細い水路があちこちに流れている。
ガイアナ共和国でもっとも栄えている一角であるジョージタウン市街地には細く汚いドブが張り巡らされているらしい。
そこには汚染と酸欠に強いグッピーやブラックモーリーなどの胎生メダカ類が多数生息しており、日が落ちるとどこからか大きなタウナギが現れてそれらを捕食するのだという。
街の雰囲気は独特。イギリスの植民地であった背景からか、人々は控えめな性格で他の南米諸国のようなラテン系の明るさは無い。基本的には皆親切だが、治安はお世辞にも良いとは言えないので注意が必要。
…そのグッピーたちはもとよりその地域に生息している個体群なのだろうか?南米のタウナギとはどのような姿をしているのだろうか?それだけでも大変にインタレスティングなのだが、さらなる追い打ちとなる情報が語られた。
「タウナギに混じって水棲のヘビもいるんですよ。しかもすごく獰猛でやたら俊敏なのが。」
…今になって振り返ると、その一言が決め手だったように思う。
友人はまたガイアナ共和国を訪問するというので、思い切って僕も便乗してジョージタウンのドブを覗きに行ってみることにした。
これが噂のドブ。
というわけでやってきたのはスタブロクマーケットを中心とするジョージタウンの中心街。日本で言えば新宿のど真ん中といったところである。
……そしてやたら目につくゴミであふれた細い水路。そしてやたら鼻につく硫黄臭。
地球の裏側まで来てもドブはドブなのだ。
うーん、これは想像以上に汚い!
現代の日本では考えられないほどたくさんのゴミが浮かぶ。どうでもいいけど捨てられたペットボトルの比率を見るにコカコーラが人気なのね。
だが、目を凝らすと確かにグッピーやティラピアなどの小魚が泳いでいる。
今は姿こそ見えないが、これを餌とするヘビやタウナギがいても不思議ではない。
タウナギやヘビが活動を始めるという夜にまた出直すことにした。
夜の水路はタウナギだらけ!
夜のドブをライトで照らすと、あちらこちらに黄色いロープの切れ端が沈んでいる。
タウナギだ。しかも、かなり大きい。70cm級は当たり前で、単一乾電池並みの太さの個体も見られる。タウナギ類は空気呼吸を行えるので酸欠に強く、細くて浅くて淀んだ水路にも住める…が、ここまで汚いとさすがに健康へ影響がありはしないかと心配になる。
ルアーや掬ったグッピーを針にかけてタウナギの目の前を通すと簡単に釣り上げることができる。ルアーや掬ったグッピーを針にかけてタウナギの目の前を通すと簡単に釣り上げることができる。
見た目はアジア産のものにとてもよく似ている。しかし、斑紋が不明瞭だったりと細かな差異は見られる。
ところで、日本人が夜のドブを散策しているのがよほど珍しいのか、いつの間にか現地人がワラワラと集まってくる。
基本的には暇を持て余しての冷やかしだが、中には物盗り目的もいるので注意。実際、この晩も同行者の一人がスマートフォンを強奪された。な、なんか…
獲物を狩る目をしてませんか…?(このあと実際狩られた。)
気づくといつの間にか背後に立ってるんだ。
写真左の男性はクシで髪型を整えつつ、積極的にカメラに写り込もうとしてくれた。しかし、なぜか終始無表情。
オオヒキガエル(Rhinella marina)と思しき大型のヒキガエルも見られた。
捕まえると身体を風船のように膨らませて威嚇(?)してくる。フグみたいで面白い。
結局、この晩はヘビを見つけることはできなかった。
ヘビ探しは後日、単身でトライしなおすことにした。
ヘビ発見!針に掛けることなく釣れる
数日後の晩のこと。一人タウナギを観察しつつ宿の前の水路を徘徊していると、今度はまだら模様のロープが水底を這っているのに気づいた。
タウナギではない。噂の水棲ヘビだ!
ライトの光を照射してもすぐに逃げる様子は無く、鼻先を泳ぐグッピーを素早く捕食する様子を見せてくれた。
どうやら視覚で獲物を捉えているようで、動く物体に強く反応するらしい。試しに軟質ビニル製のルアーを投げ込んでみると、すぐさま凄まじい勢いで食いついてきた。
なるほど、獰猛だという前情報は正しいのかもしれない。
捕獲成功!水中での様子を撮影できなかったのが心残り。
…針にかかっているわけではないのだが、ガッチリとルアーに噛みついていて離す気配が無い。
これ、もしかしてこのまま釣り上げられるのかなと、竿を持ち上げると、ザリガニ釣りよろしくルアーを咥えたままブランとヘビが宙を舞った。
ボテッと地面に落ちてもルアーを離さないヘビ。この隙に首根っこを掴んでやろうと手を伸ばすと、途端にルアーを吐き出して臨戦態勢に移った。
とぐろを巻くわけではないが、身体をS字にたわめてはバネのように指先めがけて飛びかかってくる。
しかも、地面を這うスピードが異様にすばやい。
この時点ではこのヘビの正体も毒の有無もわかっていないので、絶対に噛まれるわけにはいかない。慎重に掴み上げる。
ジョージタウンのドブ産・ソバオウワメヘビ
背中はくすんだオリーブ色で、腹側は鮮やかな黄色。背にも腹にも茶色い横縞模様が入っている。
やや太短く、平たい印象を受ける。
まじまじと手にとって観察していると、また暗闇から現地人が現れた。酒かクスリかはわからないが、明らかにキマっている若い男性である。
「ヘイ、チャイニーズ。何してるんだ?」と虚ろな目と口調で問うてきたので
「ジャパニーズだ。ほら、ヘビ。」と右手を差し出すと
「Oh! Fu○k! F○ck!!」と叫びながら走って逃げていった。
今度は赤いドレッドヘアのファンキーなお姉ちゃんが寄ってきたのでヘビを見せると
「Crazy…!」とドン引きされて逃げられた。
南米の人たちって日本人の比じゃないくらいヘビ嫌いだよなー。
マムシなんて目じゃないような咬まれたら死につながるレベルの強毒ヘビが多いからだろうか。
腹側は綺麗な黄色。
夜の通りは暗くて細部の観察がしづらいし、治安的にも不安である。
いったん部屋へ持ち帰り、夜が明けてから観察・撮影をしなおすことにした。
明るくなっても、東洋人が道端で何かを一心不乱に撮影している様子は奇異に映るようで、変わらず人が寄ってくる。
髭をたくわえたおっさんがヘビを掴んでいる手を覗き込んだ瞬間、案の定騒ぎ始めた。
だいたい「何してるんだ!死ぬぞ!ヘビには毒があるぞ!お前何考えてるんだ!バカじゃないのか!さっさと離せ!咬まれるぞ!」という内容だった。
本気で心配してくれているようで嬉しくもあるのだが、撮影の邪魔だったので
「大丈夫!日本人はヘビの扱いが上手いんだ。扱い方を知ってるから咬まれないんだ。」と適当にあしらう。
すると今度は畏敬の念めいたものを抱かれてしまったらしく、
「グレート…!アーユー ジャッキー・チェン…?」と来た(タフな東洋人=ジャッキー。というイメージらしい)ので
「イエス! アイアム ジャッキー・チェン!」と適当に返しておいた。
ウワメヘビの名の通り、眼が上向きについている。水中生活に適した形質といえる。
そしたらおっさん、今度は「ジャッキー・チェンがいるぞおおお!」とこれまた超適当な文句で人を集め始めた。
め…、めんどくせえええええ!!
寄ってきた人々はヘビを片手にカメラを構える僕の姿を見て「ヘビだ!Fu○k!」「何してんだあのチャイニーズ!(東洋人はとりあえず中華系とみなされる)」「すげえ!」「Crazy!」「ジャッキー…!」などと口々に騒いでいる。
さすがに恥ずかしくなってきたので撮影をやめ、ヘビを水路に放してやった。
すると例のおっさんが泣きそうな顔で
「やめてくれよ…。俺の家、ここのすぐ近くなんだけど…。」と訴えてきた。
知らないよ!そもそもさっきここで捕まえたんだよ!…でもまあ、気がきかなくてごめん!
舌は黒ずんだ紫色。顎には細かい歯が並んでいるのが見える。
帰国後、撮影した写真を専門家に見てもらったところ、このヘビは「ソバオウワメヘビ (Helicops angulatus)」で間違いないだろうという回答を得た。
うーむ、すごい。プロはガイアナ共和国のドブのヘビまでピンポイントで同定できるのだな。
たしかに和名の通り、目が上向きについていてカエルを思わせる個性的な顔をしている。これは水面から目元だけを出して水上を偵察するための形態なのだろう。
ちなみに無毒らしいです。安心してください、ジョージタウンのおっさん。
ヘビとタウナギたちがいたドブが注ぐ先の川にはヨツメウオ(Anableps microlepis)もいる(参考:珍魚「ヨツメウオ」を食べる)。さすが南米、ドブといえど面白い生き物の宝庫だ。