南米奥地に黄金の魚「ドラード」を追う!(アルゼンチン)
南米奥地に黄金の魚「ドラード」を追う!(アルゼンチン)
子供の頃、僕は釣り雑誌で目にした川口浩探検隊ばりの企画に大興奮し、ワクワクしながらページをめくった。
そして、まだ小学生のくせにこんな覚悟をした。
『コイツを釣るまで僕は死ねないぞ』
その魚こそドラード(Salminus brasiliensis)である。
ドラード(dorado)とはスペイン語で”黄金”を意味する。
大航海時代、南米の奥地にあると噂された伝説の黄金郷『エル・ドラード』と同じ言葉だ。
魚の容姿はもちろんのこと、夢とロマンあふれるネーミングが心に突き刺さった。
それから30年。
すっかりオッサンになってしまったが、とうとうドラードに挑戦できる時がやって来た!あこがれのグレート・アマゾンを通り過ぎて、飛行機はさらに南へ。目指すはアルゼンチン。
噂には聞いていたけど、初めて行く南米はマジで遠かった。
大阪から成田、北米ダラスから南米ブエノスアイレス。
日本から地球の裏側へノンストップで30時間の大移動だ。しかし、ゴールはまだ先。空港に着くやいなや次は車で北上を開始する。
車窓には青い空がどこまでも広がっていた。『この絶景を写真に残さねば!』と大急ぎでカメラを構えたが、その後6時間も同じ景色が続くとは…。
休憩でガソリンスタンドに立ち寄ると、近くに何やら動物が。その正体は、まさかの…
南米最大の鳥、アメリカレアだった。こんなにさりげなくいていい生き物なのか?
最後は馬を避けながらオフロードを進んだ。
出発から実に40時間近くをかけて、ようやく拠点となるフィッシングロッジに到着!
長旅の疲れも吹き飛ぶ超オシャレなロッジだった。日本で生活費を切り詰めたぶん、ここでは思い切り贅沢にすごさなければ!
ロッジの外には、馬でお出かけしていくご近所さんの姿があった。メインの交通手段は車でもバイクでもない。地面が不安定な湿地帯なので、馬での移動が最も理に適っているようだ。
ドラードを釣るために日本から持参したタックルたち。このポイントでは、ブラックバス用のミディアムヘビーからヘビーくらいが使いやすい。
ルアーはミノーやビッグベイトなどが中心となる。フックはレギュレーションによりシングルフック。魚のダメージを減らす他にも重要な意味がある。
そして、翌朝。いよいよドラードを狙っての釣りがスタート!南米と言えば、木々が生い茂るアマゾンのジャングルを想像するが、ここはちょっと違う。
釣りの舞台となるのは大河の流域に広がる大湿原だ。
浮遊するホテイアオイの塊が流れに乗って移動し、その景色は常に変化していく。
まるで、動く迷路。その中をよく迷わずにボートを走らせるなあ、と思わず感心。
時には、こんなホテイアオイの絨毯すらイケイケで突破していく。たまに身動きが取れなくなって、すごく困るんだけど…。
住民は馬に乗ったまま川を横断していた。こんな芸当、自動車やバイクではなかなか出来ない。
もちろん野生動物も豊富。これは推定5メートルはあろうかというアナコンダ!写真は撮れなかったが4メートル級のワニやカピバラも見かけた。
全開走行中にそれらの動物を見つけるガイドの目もまた野生なのである。アフリカの狩猟民族は数キロ先の新聞も読めるって聞いたけど、そういう感じ?
釣りは、岸と平行にボートを流してどんどんキャストしていく。バスやボートシーバスを経験したことのある人なら馴染みのスタイル。
そして、早々にアルゼンチンでのファーストフィッシュがヒットした!釣れたのはパロメタというピラニアの一種。外道とは言え、南米に来たことを実感させてくれる嬉しい1匹!
鋭い牙と強靭な顎でルアーは一撃でこうなる。
このあともパロメタのヒットが続き、ガイドのアルフレッドからピラニアチャンピオンの称号を授けられた。あんまり嬉しくないのだが…。
夢の舞台で釣りを始めるも、憧れのドラードはなかなか姿を見せてくれなかった。
しかし、ルアーやアクションを変えていくうちに、パロメタとは異なる『ガキンっ!』という金属的なアタリがあった。
そして、次の瞬間。ブラックウォーターを割って黄金が宙に舞う。ついにドラードがヒット!引きからして小型である事はすぐにわかった。だが、ずっと夢見ていた魚と今一本の釣り糸でつながっている。
何度も跳躍するドラードをなだめ無我夢中で顎をつかんだ。
小さかった。
正直、たいした引きでもなかった。
でも、そんな事はどうでも良かった。
自分の手の中にいるのは、間違いなく少年時代から思い焦がれていた黄金の魚なのだ。
時間にして30年。
距離にして2万キロ。
長くて遠かったこの1匹が放つ黄金の輝きは一生忘れない。
これをキッカケにドラードの事が少しずつわかり始めた。
どうやら複雑な流れの中でもしっかりと動き、白やチャートなどの目立つ色のルアーがいいようだ。
コンスタントにルアーを食わせられるようになった。
が、この魚、とにかくよくバレる。頑強な顎の骨格がキャッチを阻む。
顎の力が強く、口の中も周りも骨のように硬いからだ。
力が分散してしまうトリプルフックではなかなか刺さり切らないだろう。そういう意味でもシングルフックは有効なのだ。
そして、何度も繰り返されるハイジャンプ。
淡水魚で、これだけ高く連続でジャンプを決められる魚はドラードだけかもしれない。
釣り上げるという意味では厄介だけど、黄金の魚体が宙に舞う姿は本当に惚れ惚れしてしまう。
パロメタに喰われて欠けてしまった尾びれが野性味を感じさせてくれる。
有効なルアーやアクションも少しずつ理解し、ようやく釣ることができた良型。
この大きさになると、美しさを超えて恐ろし気な雰囲気が漂いはじめる。
さらに釣りを進めていくうちにビッグベイトの効果に気づき始めた。
いればすぐに食う。それもデカイのが。
そして、3日目。
この日は南極から吹く”冷たい南風”で気温が低下。
小型のドラードが反応しなくなった。
だが、『こんな時こそ大物が来るかもしれない』。
そう思いながらキャストを続ける。
やがて、強く握っていたロッドを吹っ飛ばされそうになるほどの強烈な衝撃が!
これまでとは明らかに違う重量感が手に伝わる。
獲れば一生の思い出、逃せば一生の不覚。そんな魚だった。慎重なファイトの末、無事にキャッチ!
美しく、厳つく、カッコイイ、ゴールデンドラード。いや、ドラードという魚は環境さえ整えばもっとデカくなる。
ウルグアイのダムへ行けば10kgを超えるサイズも珍しくはない。
でも、この景色の中で釣りたかった。
仕事がんばって(ずる休みしたけど…)、お金も貯めて(借金したけど…)、ようやくやって来た南米アルゼンチン。
そこで、こんな凄い魚と出会えて本当に幸せ。これは最終日の終了間際に釣れた1匹。この旅を締めくくるに相応しい最も美しいドラードだった。
滞在中の食事は豪華でうまかった。ステーキにワイン、イタリアンにスイーツ。毎回、どうしても食べすぎてしまう。
見渡す限り、水と緑以外は何もない景色。”何もない”ことに感動できることを初めて知った。
こんなに真っ赤な夕焼けを見たのも初めてだった。どういうわけか、青空も夕焼けもすべての色が濃いのである。
僕は一度釣った魚にそれほど魅力を感じなくなるタイプの釣り人。でも、ドラードだけは違う。
サーモンのようでピラニアのようでもある。
あの狂ったように繰り返されるハイジャンプ。
そして、進化の過程でなにゆえに黄金色を身にまとったのか。
他のどの魚とも異なる唯一無二の存在。
もちろんアルゼンチンも再び訪れたいが、それを体験した今は、ウルグアイの巨大ドラード、ボリビアのクリアウォーターでのドラードフィッシングもいつかは…。
貧乏暇なしの社会人でも、ちょっとした努力と覚悟で夢はかなうものだ。実はそれが夢の始まりだったと、いつもかなえた後で気づくのだけど。