アマゾンに咲く釣り師の夢 世界記録級ピーコックバスを追って (南米・コロンビア共和国)
アマゾンに咲く釣り師の夢 世界記録級ピーコックバスを追って (南米・コロンビア共和国)
姿、ファイトともに至高のゲームフィッシュとして名高いピーコックバス。
この魚の特大サイズ、世界記録級を手にすることが世界中の釣り人たちの、そして僕の夢だ。強い遊泳力、激しい跳躍、そしてその美しい姿から、釣りのターゲットとして淡水魚界でトップクラスの人気を誇るピーコックバス。
その夢を叶えるために様々な情報を集める中で、インスタグラム上に流れてきた1枚の写真に目を奪われた。
鮮やかに染まったトゥクナレ・アスー(Cichla temensis, ピーコックバス最大種)…。その風体は、間違いなくワールドレコードのそれを思わせるものだった。
撮影場所は…コロンビア共和国内を流れるオリノコ川水系らしい。夢へと挑む舞台が決まった。
2016年3月末、成田国際空港を飛び発つこと22時間。首都ボゴタはエルドラド国際空港に降り立った。30分程タクシーを走らせ向かったのは、サン・タフェ地区内のホテル。ボゴタでもっとも危険と言われるエリアだ。
大きな道から1本奥に入ってしまうと一方通行の道路ばかりで、道に迷ってしまった。目的のホテルは近いはずなのだが見当たらない。女性ドライバーは道路端に車を停め、歩いて探すと言いだした。
薄暗く人の気配がない道を歩き進んで行くと突然、ボロボロの真っ黒な野犬が吠え出す。そして威勢のいい一頭が一気に間合いを詰めてきた。あわや惨事!
完全にビビりきっている僕を女性ドライバーが守ってくれた。僕のスーツケースを盾に野犬を追い払ったのだ。
…日本でも普段から女性に助けてもらってばかりだが、南米まで来てなおコレか。少しばかり自分が情けなくなった。
そうこうしているうちに、ついにホテルを見つけた。たくましいドライバーの言うまま、タクシー代として250MILを支払う。さらに感謝の印として50MILを渡した。
無事にホテルへチックインし、一息ついてから旅の日程と資金を確認してみる。
ここでようやく気づいた…。完全にボラれていた。その上で、なぜか律儀にチップまで渡してしまった。
300MILというと日本円にして15,000円程度の価値。入国したそばから、わずか30分の移動のために結構な額を消費してしまった…。安ホテルにも関わらずボゴタの街を一望できるナイスな部屋だった。
翌日は旧市街地を中心に散策してみる。主な移動手段はトランスミリオンという連結型超ロングバス。そしてたまにタクシーと徒歩。
トランスミリオンには専用路線が設けられているため渋滞に巻き込まれにくく、市街地をスムーズに移動できる。街中の至る所にあり次々現れる斬新なアート。つい立ち止まって見てしまう。
古風な建物が並ぶ旧市街地。
走る車はフランスのルノー製が大半を占めていた。
治安面が不安だが…。
数年前まで麻薬カルテルやゲリラによるテロや誘拐といった犯罪が頻発し、「危険な国」というイメージの強いコロンビア共和国だが、近年は治安回復傾向にあるとのこと。たまたま運が良かっただけかもしれないが、カメラを出していても特に危険を感じることはなかった。
また、昼間はほとんど見ることがなかったが、夜間は野犬が多かった。
案内人、コロンビア人のウェルターと。
翌朝、一足遅れてやってきた日本の友人たち4人と空港で合流、隣接する国内線空港に移動する。
国内線の出発直前に、今回の旅の案内人であるコロンビア人のウェルター、ダニエルの二人と落ち合う。ウェルターは陽気でパワフル、ダニエルは爽やかな好青年である。彼らがこれから始まる旅をとても愉快なものにしてくれるのだ。
…ちなみにダニエルは多少英語を話せるが、ウェルターはからっきしである。彼が話すのはスペイン語のみ。以後はウェルターが身ぶり手ぶりを交えながら話していなる内容を直感で理解しなくてはいけない。
「これから国内線で2時間、その後ボートで5時間、夕方には釣り開始だ。パヴォン (ピーコックバス)たちが待ってるぞ!」
今回の主戦場になる川の上空に差し掛かったとき、僕のイメージとは大きく異なる景色が目に飛び込んできた。
川幅が狭く、やけに変化が少ない川筋…。あれ?場所間違ってないか?本当にそう思った。
空港へ降り立ち、車に乗り換えてたどり着いたのは小さな港町。人口は1000人もいないのではなかろうか。
この街でボートの操船者、料理人と合流し、5時間程ボートを走らせてキャンプ地を目指す。進めど進めど同じよう風景が続いた。
4時間程ボートを走らせたあたりにある先住民保護区の入口にある村を訪問し、医療品、衣類と引き換えに、彼らの土地で釣りをさせてもらう許可をとる。
ここで、村人から衝撃の事実を聞かされる事になる。
『私たちはパヴォンを好んで捕獲することも、殺すこともしない、だからここでは大きいパヴォンが育つ』
さらに、過去にこの川で29ポンドのキクラ・テメンシス/ピーコックバスアスーがキャッチされてると言うのだ!やはりここで間違いなかった!疑念が一気に晴れた。
その後、目的地のキャンプ地に到着したのは結局夜9時半頃。…しかし、まだ落ち着くことはできないらしい。
慌てた様子でウェルターが話しかけたきた。
「なんてこった。物資を積んだ船が行方不明になった、今夜の食事は諦めてくれ。」
釣りすらはじまってないのに、発電機や船外機の燃料も、食べ物もビールも無い窮地に陥ったのだ。幸いなことにテントだけは事前に設置されていた。こんな時は騒いでも仕方ない。明日の早朝からはじまる釣りの準備で空腹を紛らわせるしかなかった。
これが数日間過ごすことになる我が家。砂浜にはサソリもいるためテントがないと安心して寝ることも出来ない。風呂はもちろん川。トイレも川か、あるいはお好みで地面に穴を掘って。
翌朝、空腹で目が覚めると、物資を積んだ船が浜辺に停まっていた。どうやら暗闇で航路を間違えたらしい。
なにはともあれ無事でなにより。物資も補充され、朝食もしっかり摂れる。ようやく万全の体制が整った。
いよいよ、ここから数日間の実釣がスタートする。
黒く透き通った鏡のような川を目の前にし、日本とはまったく異なる国に居る実感と、「記録級出ちゃうんじゃないの⁉︎」という根拠の無い自信が沸いてきた。
ボートはキャンプ地からさらに上流へと向う。「ここから始めよう、試しに投げてみてくれ。」操船者の合図でルアーを岸際に放り込み続ける。
一段と大きい倒木の陰に差し掛かったとき、一瞬水面がうねるように盛り上がった。黄色く輝く巨体が水面間際まで出て来るのが見えた。しかし、ルアーには食いつかない。同船していたダニエルも一部始終をしっかり見ていたようで声を上げる。
「ビッグワン!ビッグワーーン!』
釣りというのは、こういう時に焦ると大抵失敗する。冷静に冷静に、ルアーを水面に滑らせて次の瞬間に備えた。ボートまで残り2m程の所で急浮上してくる魚体。黄色い塊は、勢いよく水面から飛び出してきた。あまりにボート際スレスレで起きたドラマに、同船していたダニエルもびっくりしたようだ。
狙い通りと心の中でほくそ笑んだ瞬間、激しくジャンプを繰り返す魚体を見て、最初に反応した魚とは違う個体であることがわかった。
ファーストフィッシュはキクラ・オセラリス/バタフライピーコックバス。
この種にしてはなかなかの良形だ。これまでバタフライは何匹も釣ったことがあるが育ちが良いのか?異常な程に強い引き味をみせた。因みに、現地人からは『マリポザ』と呼ばれていた。
ダニエルがボソッとしゃべりだした。『最初に反応したヤツはとてつもなくビックだった、惜しかった。』言われなくても知っとるわい!悔しい過ぎるからあえて触れないんだっつの。
バタフライピーコックはどこでも好反応を見せてくれた。
爽やか好青年ダニエルにもご覧の通り。彼は数釣りの天才なのかもしれない。常に、竿が曲がり続けていた。絶滅させるつもりかと言いたくなるほど、ひとり黙々と釣り続ける。
メインの川筋を外れ、未開の楽園を目指す。頭を下げ、体勢を変えしながら草木をかわし数時間かけて進むこともある。あるいは、1時間ほど進んで行き止まりだったことも…。工程が長ければ長いほど期待値が高まるというものだ。
そして、時折姿を現すキクラ属最大種Cichla temensis。ピーコックバスアスーあるいはトゥクナレ・アスーとも。
コイツの規格外サイズを求めてコロンビア共和国の奥地まできた訳です。現地での呼び名は『チンチャード』。パワーもスピードもバタフライとは比較にならない。
良型だが、求めているサイズには程遠い。
特に、朝夕に登場することが多かった。
奥地滞在も半ばを過ぎた頃、川の状態を悪い方に急変させる大粒の雨が降りはじめた。
夜から降り続いた雨は朝になっても止む気配を見せない。あっと言う間に1.5m程も増水してしまった。
アマゾン熱帯雨林内でも雨に打たれ、ボートで滑走すると、信じられないほど寒い。僕の表情が冷めきってるのは、そのせいです。これもCichla temensisだが模様が独特。トゥクナレ・パッカとかピーコックバスパッカと呼ばれることが多いが、現地では『ピンタ・ラパ』と呼ばれていた。
大雨で激変してしまった川を目の前にしても、怯むことなく前向きなウェルター。そして、しっかり釣っちゃってます。
キャンプ地からボートで2時間程上流にある滝&落ち込み。ボートで行ける行動範囲内の上限でもある。
豊富な酸素量と複雑に絡み合う水流により一級ポイントとなっているらしい。各種ピーコックバスはもちろん、特大サイズのペーシュ・カショーロ、大型ナマズ、ジャウー、ピライーバが潜むというのだが、大雨の影響か目立った成果はなかった…。
奥地滞在もいよいよ終盤。
引き続き、当初の目的、規格外サイズのピーコックバスを追い続けた。そして、天候は一転して晴れ続きに。久しぶりに肌が焼けるほど暑い時間続く。
ラグーン(本流から取り残された三日月湖)から水面を掻き乱す炸裂音が立て続けに聞こえた。巨大なピーコックバスが小魚を捕食しているのだろう。
ウェルターが巨大なルアーを指さす。キャンプ初日の夜に現地のシークレットルアーとして僕にプレゼントしてくれた、アタマでっかちな重量140gもあるルアーだ。デカ過ぎ、重過ぎゆえに登板の機会を与えられずに燻っていた一本である。
ホントにこんな大きいルアー使うの…?
ドバーン!
背の高い木に覆われたラーゴ全体に響き渡る強烈な着水音。…ダメじゃん。
放り込むたびにド派手な着水音が虚しく感じるが、ウェルターを信じ場を荒らす作業を続けてみたもののさすがに痺れを切らして言ってやった。
「ダメすぎるぞウェルター!この行為もこのルアーもノーグットだ!このプラスチックはゴミだ!理解できるか?」
「何を言ってる?さっきからデカイピーコックバスが何度も追いかけて来てるじゃないか、もっと大きくゆっくり動かせ。」
「ウソ⁉︎」
ウェルターには水中が見えていたのか…。知らんかった。すまん。
ドバーーン!
またも着水音だけが響きわたる。水面下をゆっくり、大きく動くアタマでっかちなルアーを集中して目で追っていると、どこからともなく沸いてくる巨大な影。
やっと僕の目にも映ったと思った瞬間、リールが止まるほどの衝撃とズッシリとした重み伝わってきた、そこからは、夢中で力任せにリールのハンドルを回した。上がってきたのは滞在中の最大魚となるアスーだった!
川全体の調子が上がってきたようだ。コンスタントに良型が反応を示す。
負けじとコロンビア人の意地を見せるウェルター。
アスーらしいファイトを最後の最後で楽しむことができた。ボートはいつの間にか現住民保護区内の村のまで戻ってきた。この釣行も終わりが近づいている。
どうらや現住民たちは次の物資の依頼をしているようだ。長引きそうなので、ウェルターを置き去りにして村の側で釣りを再開することにした。
再開早々に村人の視線が集まる中で、釣行ラストフィッシュを仕留めることができた。
別れ際にウェルターが問いかけてきた。
「エイスケ!またココに来たいと思うか?」
答えるまでもない。このチャレンジに、まだまだ終わりは見えそうにないのだから。