キノボリウオは本当に木に登るのか? 捕獲・実験・試食レポート(タイ王国・バンコク)
キノボリウオは本当に木に登るのか? 捕獲・実験・試食レポート(タイ王国・バンコク)
東南アジアにキノボリウオ(Anabas testudineus)という魚がいる。
魚のくせに木に登る?そんなことがあり得るのか。
いやいや、世の中には本当に水上を飛んじゃうトビウオや、水鉄砲を撃つテッポウウオや、眼が四つあるヨツメウオなんていう奇妙奇天烈な魚たちが実在している。
…なら、ひょっとしたらひょっとするのでは。
事の真偽を確かめるべく、我々はタイ王国へ飛んだ。
炎天下の田んぼで捜索開始!
秘境のジャングルでもなんでもなく、タイならば各地にありふれた田園地帯が舞台。私有地なので、魚採り(釣り)をする際は地主さんにチップを支払って交渉する。
やってきたのはバンコク郊外の田園地帯。
キノボリウオは水田の用水路や湿地の沼などの浅い止水を好む。日本だとタウナギや雷魚が採れるような環境だ。
植生の茂った岸際が狙い目。
捕獲方法は釣り。今回はキノボリウオの試食も考えており、大型個体を選んで生け捕りにするにはこれがベストだと考えた。仕掛けは小鮒を釣るような繊細なものがよい。エサは食パンのかけら。
開始早々、同行の半澤さんがキノボリウオを釣り上げた!
しかも野生のキノボリウオにしてはけっこう大きいぞ!
遠目にはあまり特徴の無い小魚に見えてしまうが、間近で観察するととても個性的なルックスをしている。特に蝶番状の鰓蓋がメカっぽくてかっこいいのだ。体の造りは近縁であるスネークヘッド類に通じる部分も多い。
僕もあわてて続く。
パンではなく草むらで捕まえたバッタを針に掛けて放り込むと、釣り糸がビンビンと引っ張られた。
やった!こっちもキノボリウオ!どうやら雑食性の強い魚らしい。
炎天下で頑張った甲斐があった!キノボリウオは鰭や鰓蓋がトゲだらけで、不用意に掴むと痛い目を見る。喜びつつもしかめっ面なのは、そういうことだ。
こんなに小さな個体も釣れたよ!
半澤さんに至ってはパンくずで現地名プラーチョンことストライプドスネークヘッド(Channa striata)を釣り上げた。肉食魚なのに…。
木には登れ……ません!!
さあ、とりあえず無事に実験材料を確保できた。
いよいよ世紀の大実験「キノボリウオは本当に木に登るのか」を実行する時がやってきたのだ
よく濡らした木の根元へ。さあ、登れんのか!?
捕獲したキノボリウオをそっと木の根元へ放す。
さあ…、どうなる!?お…!
うおおおおおお!!
…はいすみません。
↑の写真はやらせです。冗談です。ごめんなさい。
実際には木の根元をぴょこぴょこ這いまわるだけでした。
結論:キノボリウオは木に登れません
ていうかさー。ハゼみたいに吸盤を持ってるならまだしも、この体型の魚がそそり立った木になんか登れるわけないじゃーん。
キノボリウオという名前の由来には「鳥によって樹上に運ばれた本種を見た人が勘違いした」など諸説あるようだが、実際に自力で木登りに挑んでいる姿が確認されたという記録は無いのだ。
じゃあさっきのやらせ写真ではどうして垂直に近い木の幹に張り付けているのか?
その秘密はこのトゲだらけの鰓蓋と鰭にある。
樹皮に無数の細かい棘が引っかかってただけです…。子供だましで申し訳ない…。
木には登れないけど、歩ける!!
だがしかし!
木にこそ登れないかもしれないが、キノボリウオには魚類としては十分すぎるほど奇抜な特技を持っている。
なんと空気呼吸を行い、さらには陸上を歩いて移動できるのだ。地面を這って移動するキノボリウオ
キノボリウオは鰓が極めて複雑に発達した「ラビリンス器官」を持っており、そこで直接空気からガス交換を行えるのだ。
さらに本種はフナのように扁平な体型ではあるが腹面がやや幅広くなっており、胸鰭と腹鰭で身体を支えながら陸地を這いまわることができる。
雨季と乾季で著しく水位の変わる東南アジアでは池や水路が干上がってしまうことも多い。この能力はそうした場合の緊急避難に役立っているのだろう。
意外とお腹側は幅広く、胸鰭を広げるとドッシリと大地に立て(?)る。
キノボリウオを食べてみよう
さて、せっかくの機会なので捕まえたキノボリウオを食べてみよう。
実際、キノボリウオは東南アジアでは一般的な食材として親しまれており、タイでは「プラーモー」という名で市場に並んでいる。
ラビリンス器官を持つゆえ、プラーチョンなどと同様に活かしたまま運搬、キープできるのが暑いタイでは好まれるらしい。市場に並ぶキノボリウオ。このお店では危ない鰓が引き剝がされ、なかなか壮絶な姿になっている。カンチャナブリ県にて。
レストランへ持ち込んで調理してもらう。ディープフライにして甘辛いトマトソースをかけたもの。キノボリウオの定番料理なのだとか。
意外と身はしっかりしている。…単に揚げすぎか?
いただきまーす。淀んだ用水路で捕れたばかりの魚って、ちょっと口へ運ぶのに勇気いるよね。
あっ、うまい!うまい!うまい!
うまい!うま…痛ってえ。骨が太くて硬い!キノボリウオを食べる際はその点だけ要注意!
キノボリウオのお味はなかなかのものだった。
ちょっと身の締まったライギョやティラピアといった感じかな。淡泊でクセは無いけど、ちゃんとうまみのしっかり乗った上質な白身魚の味。
ただし注意点が一つ。
まず骨が太くてとても硬く、喉や頬に刺さるとすごく痛いこと。これはあの鰭のトゲトゲぶりから推して知るべきだった。
いやー、野生のキノボリウオを観察できて、しかも食べることまでできてとても満足だ。
ん?はじめから木に登らないことはわかってただろうって?実験は捕まえるための、食べるための口実だろうって?
んん~~。その辺はノーコメントで…!