タスマニアデビルたちを病魔から救え タスマニア・ボノロング野生動物保護施設
タスマニアデビルたちを病魔から救え タスマニア・ボノロング野生動物保護施設
タスマニア島の南東部、空の玄関口であるホバート国際空港。
そこからのどかな田舎道を30分ほども走った辺りだろうか。
牧場地帯が広がるブライトンの街に、小さな動物園が現れた。
ボノロング野生動物保護施設(Bonorong Wildlife Sanctuary)。
ここは単なる観光客向けの動物園ではなく、タスマニア島に生息する野生動物の保護・研究を主目的とした施設である。
園内にはタスマニアデビルたちの銅像が。こうした野生動物はタスマニアの宝である。
五大陸を見渡しても、オセアニアほどユニークな生物進化の歴史を誇る土地は無い。
その中でもここタスマニア島は多くの固有種が生息する学術的に重要なエリアである。
ところが、そんなタスマニアの希少な動物たちが近年、開発の影響や交通事故によってその数を急速に減らしつつある。
この施設では怪我を負った個体の保護や、絶滅の危機に瀕した種の飼育・繁殖および研究が行われている。
園内のいたるところにタスマニアデビル関連の掲示物が。この施設において、あるいはこの島にとって、いかにこの肉食獣が重要な存在であるかが窺える。
中でも力を入れているのが「タスマニアデビル」の保護である。
タスマニアデビルはタスマニア島固有の小型肉食有袋類で、稀にフクログマあるいはフクロアナグマの和名があてられることもある。
確かにずんぐりむっくりとした体型は、どこか小熊やアナグマを連想させる。
とても愛くるしい姿をしているが、仲間同士で激しく争う、夜な夜な大きな奇声を発する、咬合力が極めて強いなど、恐ろしげな特徴を確かに備えている。「デビル」の名はこうした要素から連想、付与されたものである。
実際はとても臆病な性格で、自身より大きな人間を彼らの方から攻撃するようなことはまず無いらしいのだが。
ガイドブックや本の挿絵のタスマニアデビルはいつも牙を剥いて恐ろしげな表情を見せているが、飼育されている固体たちがそうした顔を見せることはほぼ無かった。「本当は臆病でかわいらしい動物なんです」とは若い職員の談。
しかし、ごく最近になって、タスマニアデビルたちは本物の「悪魔」に襲われている。
「デビル顔面腫瘍性疾患(以下 DFTD)」と称される伝染病である。
DFTDに罹患すると顔面に腫瘍を生じる。さらにはそれが各種の臓器へ転移、あるいは肥大化して摂餌に支障をきたすようになり、やがてその個体は死にいたる。
さらに恐ろしいのは、この病気はいわば「伝染性の癌」であることだ。患部を噛み合うことで他個体へと伝染し、犠牲者を増やしていくのである。
求愛行動、あるいは餌等をめぐる争いの際に、互いに出血するほど激しく咬み合うタスマニアデビルの生態上、拡散は避けられない。
事実、2009年時点でその70%が死滅したとされ、野生個体の絶滅は時間の問題との声も聞かれる
ボノロンワイルドライフ研究所では、そうした窮状からデビルたちを救うための研究が日々行われているのである。
あまり人懐こい動物ではないとのことだったが、相手が手に餌を持っていれば話は別らしい。
餌は交通事故に巻き込まれたワラビーなどの亡骸。タスマニア島では野生動物と自動車の衝突事故が非常に多い。こうした餌も毎日のパトロール中に回収したものだという。残念ながら、保護活動に必要な餌が不足する心配は無さそうだ。皮肉なものである。
一方で、ボノロンワイルドライフ自然保護区は国内外の観光客からも人気を博している。
タスマニアの象徴たるタスマニアデビルたちをごくごく間近で観ることができる、世界的にも稀な施設だからだ。
普段は大半の個体がシェルターに隠れている。しかし餌の時間になると、どこからともなくゾロゾロと這い出してくる。
中には顔だけを巣穴から出して餌をねだる横着な個体もいる。
それゆえ、観光施設としてもシステムが整備されている。
入園料は大人26豪$、子供12豪$で、毎日11:30と14:00の二回、およそ45分間のツアーが催され、デビルたちへの給餌を見学したり、ウォンバットやコアラに触ったりすることができる。
また、ビハインド・ザ・シーン(舞台裏)ツアーというバックヤード見学や閉園後の園内でタスマニアデビルたちへの給餌などが含まれたプログラムも複数用意されている。
一心不乱に餌を食う姿はかわいらしいのだが、辺りにはバキバキとワラビーの骨を咬み砕く音が響く。ようやくデビルの片鱗を見られた。
タスマニアデビルの頭骨。食性と、それを支える咬合力の高さが窺える。
一心不乱に餌を求める様はとても愛くるしいのだが…
ランチを受け取ると、礼を言う仕草も見せずにそそくさと物陰へ持ち去る。なかなか現金な性格である。
餌の取り合いは飼育下といえども迫力十分。威嚇で済まないこともたまにあるのだとか。
この施設では常時18匹ものタスマニアデビルが飼育されているという。飼育員も平等に、万遍なく餌が行き渡るよう気を遣っているそうだ。
ボノロング野生動物保護施設で飼育・保護されているのはもちろんタスマニアデビルだけではない。
イースタンクォール(フクロネコ)、タスマニアパディメロン(ワラビーの一種)、タスマニアべトン(ネズミカンガルーの一種)といった、デビル以外の固有有袋類をはじめ、さまざまなタスマニア産の動物たちを擁している。
そして悲しいことに、その中には人為的な要因で怪我をした、あるいは親を亡くしたために救助されたものが数多く含まれているのだ。
彼らにリハビリを施し、再びタスマニアの自然へと送り出すことも、この施設が持つ大きな役割の一つである。
芝生で放し飼いにされているカンガルー。餌を与えることもできるが、こちらにその気があると見るや凄まじい躍動感で距離を詰めてくるのでちょっと怖い。
珍しいアルビノのワラビーも。
極彩色のインコ、レインボーロリキート。
この日、園内でタスマニアデビルを凌ぐ人気を誇っていたのがこの赤ちゃんウォンバット。ブランケットの中でミルクを飲んだりウトウトしたり、まるで自分の可愛さを理解しているかのような振る舞い。あざとい。かわいい。
カンガルーの糞を原料とした肥料(kangaroo+poo=kangapoo)も販売しており、売り上げは保護活動に用いられる。
保護施設としてだけでなく、動物園としても非常に高い質を誇っているボノロング野生動物保護施設。
ここでは動物たちを愛で、楽しみつつ、タスマニアの自然がいかにかけがえの無いものであるか、
そしてそれが今どのような危機にさらされているかをわかりやすく、かつ深く学ぶこともできるのだ。
いつかタスマニアを旅する機会があれば、ぜひ訪問してほしいものだ。
取材協力:ütasmania (ユータスマニア)