日本最大のクモは沖縄にいる ~オオジョロウグモとオオハシリグモと~
日本最大のクモは沖縄にいる ~オオジョロウグモとオオハシリグモと~
三種類の日本最大蜘蛛
クモは非常に豊かな多様性を誇る生物で、日本国内だけで1400種以上の分布が知られている。
では日本で一番大きなクモはどの種か?この問いには複数の模範的な回答が存在する。
なんと、わが国には最大種とされるクモが三種もいるのだ。
実は海外原産 アシダカグモ
まず分布も広く、屋内性の益虫としてよく知られている「アシダカグモ (Heteropoda venatoria)」が候補に挙がる。
民家にも出没するアシダカグモ類(写真はアシダカグモよりやや小型のコアシダカグモ)。実はもともと日本にいた種ではない。
ゴキブリを食べてくれる代わりにゴキブリより強い威圧感を放つあのクモである。
これが日本最大種であると紹介されることが多い。
たしかにあの手のひらほどもありそうな巨体は国内に産するクモの中では最大級だろう。
しかし、このアシダカグモは資材に紛れて19世紀に日本へ入り込んだと思しき外来種なのだ。
「日本一」の称号を与えるのは少々ためらわれるかもしれない。
水に潜り、魚を獲る 「オオハシリグモ」
しかし、最大種の座をよそ者に独占させるほど、国産クモ類たちの選手層は薄くない。
沖縄の森林に生息する「オオハシリグモ (Dolomedes orion)」は、アシダカグモに比肩する巨体の持ち主である。
体重ではこの2種が頂上を争うのだ。
沖縄本島産のオオハシリグモ(オキナワオオハシリグモ)。樹上や沢沿いの岩の上を徘徊し、昆虫やカエル、時には水中へもぐってオタマジャクシや魚類までも捕食する。
アシダカグモと比較すると、やや足が短く胴体が目立つ印象。
手袋というか靴下というか。第一、二脚の先は白く染まり、ライトを向けると反射材のように輝く。
八つの眼はライトを当てるとピンク色に輝く。そのため、夜の森でも比較的容易に発見できる。
オオハシリグモはタランチュラを思わせる外見から「毒あるんじゃないの?」と恐れ疑われることもしばしばである。
確かに、見ようによってはちょっとおっかないが、毒は…どうなのだろう。
ちょっと試しに咬まれてみよう。
捕まえても、積極的にこちらを噛んでくることは無い。顎を肌に押し当ててようやく反撃してくる程度である。また、牙は大きいが、顎の力は弱く、なかなか皮膚を貫けない。
手の甲の付け根を咬ませてみたところ、ちょっと赤くなり、多少のかゆみが出る程度だった。オオハシリグモはほぼ無毒で無害なクモと言っていいだろう。
…オオハシリグモを捕まえて手の甲を咬んでもらったが、結果は患部がわずかに赤くなり、ちょこっと痒みを生じるのみに終わった。
毒牙で獲物を捕らえるクモなのだから、やはり微弱な毒はあるらしい。しかし、人間にとってはほぼ無害であるようだった。
強力な網で鳥をも捕らえる 「オオジョロウグモ」
そして「日本最大のクモとは?」への3つ目の回答がこちら。
やはり南西諸島に分布する「オオジョロウグモ (Nephila pilipes)」だ。
アシダカグモとオオハシリグモがいわゆるクモの巣を張らない「徘徊性」のクモだったのに対して、オオジョロウグモは強力な糸で樹間に網を張ってセミやチョウなどの大型昆虫、時には鳥までもを餌として捕らえる「造網性」のクモである。
細身なので体重では前述の二種には及ばないかもしれないが、レッグスパン(脚を開いた長さ)では負けていない。
造網性クモ類の中ではぶっちぎりの国内最大種である。
オオジョロウグモの糸で作ったタモ網は魚も掬えるほど頑丈。
腹側はまだら模様。本土に分布するジョロウグモに近い印象を受ける。
稀に全身が強く黒みがかる黒化型の個体も見られる。
黒化型の個体は腹側も真っ黒。カッコいい。
赤みの強い個体も稀に見られる。
牙がオオハシリグモ以上に立派!
ハチに刺された程度には痛むらしいと聞いていたが、実際に咬まれてみるとやはりこちらもたいしたことは無かった。牙が大きいのでそれが刺さる瞬間に多少チクッとはするが、毒性は弱いらしくいくらか痛痒さが残る程度であった。
なお、クモ類全般に共通する特徴として、雌の方が雄よりもはるかに大きくなる。それはこれら3種についても同様で、いずれも雄は小さく貧弱な体つきであまり迫力が無い。
特にオオジョロウグモではそれが顕著で、雄は体長わずか10mm程度と、とても同種とは思えないほど小さい。これが雌の網に居候しているのだが、その様がなんともわびしい。しかも、交接に挑む際に雌に気取られると、問答無用で捕食されてしまうというのだから、憐れまずにはいられない。雄はとっても貧弱。
「日本最大のクモ!」と聞くと恐ろしげだが、その実は人の皮膚もろくに咬めなかったり、ゴキブリを退治してくれたり、奥さんの尻に敷かれていたりと意外に憎めない要素も多い。
見ようによってはとても格好いい生物でもあるので、機会があれば一度じっくりと観察してみることをおすすめしたい。