昆虫界最強?グンタイアリに咬まれてみる (南米 ガイアナ共和国)
昆虫界最強?グンタイアリに咬まれてみる (南米 ガイアナ共和国)
アマゾンは危険な生き物の宝庫である。
水中にはピラニアにデンキウナギ、カンディル、淡水エイ、そしてワニ。
陸上にはアナコンダ、ジャガー、サソリ、ドクシボグモ…。
恐ろしくも、心惹かれるアンタッチャブルたち。
そんな彼らに出会うべく、僕は南米北部に位置するガイアナ共和国の密林へと足を踏み入れた。
日本とは比較にならない密度で危険が潜む、アマゾンの熱帯雨林。
そして無事に様々な危険生物との邂逅を果たし、意気揚々と奥地から引き上げる道中。中継地点として立ち寄った村で、思いがけず「ヤツら」と出遭った。
訪れた村はお祭りの最中。流れる音楽に合わせて踊る子どもたちにはどこか照れがあるように見える。英国の文化的潮流を強く受けてきたためか、他のラテンアメリカ国家に比べて、国民性はやや物静かな印象。
村の傍を通る赤土の道。そこを彼らは横切っていた。
赤土むき出しの道を、焦げ茶色の帯が横断しているのに気付いた。
まるで、ミニチュアのネグロ川のようでもある。
アリの行列であることは、すぐにわかった。
しかし、日本で見られるそれに比べて、やけに規模が大きい。
これはもしかしてアレか。あの悪名高いアイツらなのか。
最強の昆虫は何か?
という議論を、虫好きが数人集まって始めたとする。
やっぱり王座はカブトムシかクワガタか。いや、強力な顎を持つ大型カミキリムシやリオックでは?
いやいや、人をも倒す毒を撃つオオスズメバチだろう。いやいやいや、カブトムシに蜂の針が通るわけが…。
と、これがこんな具合になかなか白熱するのである。
…だが、そんなものは所詮、一個体の格闘能力についての考察でしかない。
一方で、今眼前を行進しているアリたちにはすべての虫、いやすべての生物が恐れをなす。まさに地上最強の昆虫。
その名は、「グンタイアリ」。
「その名は!」とか言わなくても、テレビや本でもよく見るから、みんな知ってるかもしれないけど。
不幸にも彼らの進路に飛び出した昆虫が餌食に。一瞬のうちにたかられ、バラバラにされてしまうので被害者の正体すら判別できず。
グンタイアリは自分たちで巣を作り定住することをしない。
進む先で遭遇する生物たちを手当たり次第に狩りながらジャングルをさすらい続けるという、やたらバイオレンスなジプシースタイルで生きているアリである。
軍隊蟻の名は言うまでもなく、圧倒的な数と兵力で前進、殲滅を繰り返す様からついたものだ。
よく見ると、体の大きさや形の違うアリが共に行動している。
数にモノを言わせるスタイルで進撃するグンタイアリだが、他のアリと同様、個体によってそれぞれ役割が異なっている。
特に戦闘・防衛の場面で重要な役割を果たすのがいわゆる兵隊アリだが、そのビジュアルがなかなか凶烈なのだ。
グンタイアリの「兵隊アリ」。軍隊で兵隊。ソルジャーの中のソルジャー。
身体は働きアリに比べて数倍ほども大きい。
それだけでも目立つ存在なのだが、特筆すべきは何と言っても異様に大きく発達したアゴである。
死神の大鎌を思わせる大きく湾曲したその先端は、針のように鋭い。
顔自体はごく小さな複眼が一対並び(グンタイアリに視力はほぼ無いらしい)、なかなか可愛らしいのだが、アゴとのアンバランスさがかえって不気味である。
…大きなアゴはたしかに恐ろしげだが、ここまで長い必要あるか?こんなに湾曲してなくてもよくないか?
「何このアゴ…。すっげー怖い。絶対ヤバイ。」
こんな凶器を振りかざされたら、人間だってビビってしまう。だが、冷静に見つめていると疑問が生まれてくる。
…別にそこまで長くなくてもよくない?
…長すぎて咬むとき力込めにくくない?
…デカすぎて逆に邪魔じゃない?
…そんなにカーブした形状じゃあ、うまくモノを挟めなくない?
なんとなく攻撃的に見えるがその実、理論的・合理的に観察すると全然敵を攻撃するのには向いていないのだ。
むしろ手鉤やピッケルのような「引っ掛ける」ことを目的とした形状であるように見える。
さっきは死神の大鎌に例えたけれど、アレも見た目は禍々しくても、所詮はただの草刈り道具だからね。
そういう見かけ倒し感をグンタイアリにも、実は前々からテレビ等で見かけるたびにビシバシ感じていたのだ。
この機会に事の真相を暴きたい。
ホントに強力な武器なのか。実はただのお飾りなのか。
確かめるべく、群れを護衛する兵隊アリの眼前に人差し指を突き立てる!
はい、ガッツリいったー。
ああー!即座に咬まれた!
….でもたいして痛くない。ほんの少しチクチクする程度だ。アゴ先はズックリと深く突き立てられているが、肉を裂くわけでもない。
咬まれたのが皮の厚い指先だったこともあって、血もほとんど出ていない。
うわあ…。思った以上に大したことないんですけど…。
やはり見かけ倒しだったか…。結論を出しかけたその瞬間。
アリのしがみついた指先に「ヂガッ!」と強い痛みが走った。
何だ?咬まれた痛みとはまったく別物だが。
指先をアゴでホールドしたまま、必死にお尻の先端を指先に突き立てている。
あ!こいつ毒針刺してる!ハチみたいに。
忘れていた。グンタイアリはハチ類と同じく、お尻に毒針を備えているのだ。
あの痛みはこれに刺された際のものだったのである。
しかも、何度も何度も何度でも刺し続けてくる。
と言っても、その痛みはミツバチに刺された場合の半分にも満たない程度である。たいしたことはない。
だが、気がふれたように腹端を突き立て続けるこのアリの攻撃性にたじろいでしまった。
さすがは地上最強として恐れられる軍隊の一兵卒。
と、ここで気づいた。
この大きなアゴは攻撃を目的とした武器ではない。真の武器である毒針による攻撃をより効果的なものにするための補助器具でしかないのだと。
一度標的に咬みつくと、鋭角に湾曲したアゴの先端が挟むように食い込み、容易には抜けなくなる。
いわゆる「返し」として機能しているのだ。
こうなると、相手が自分より遥かに大きな動物であっても、そしてそれがどんなに暴れても、振り落とされることなく、ひたすら毒を撃ち込み続けることができるのである。直接、打撃を加えられて絶命するまでは。
同様の「己を犠牲にしながら攻撃を継続する」ことで有名なのが、同じく社会性昆虫であるミツバチだ。
彼らの毒針はそれ自体に返しを備えた銛先のような形状をしている。こちらは一度刺さると毒腺ごとミツバチから切り離されて敵の体表に残留し、主が亡き後もひたすら毒を注入し続ける。
グンタイアリもこれと同様の戦法を、異なる進化の過程で、異なる形で獲得したのだろう。
実に興味深い。
…と、僕は勝手に考察している。素人ながらに。
アゴが抜けずにバタつくグンタイアリ。お前自身も困ってるじゃねえか!
体の一部を引きちぎるミツバチと比べて悲壮さは控えめに感じられるが、命を賭していることに変わりはない。
大きな標的に一旦しっかり咬みついてしまうと、本当に自力でアゴを抜くことができなくなるのだ。
だが相手に一度咬みついたら離さないと言われるスッポンだって、実際は20分も放置すればたいていの場合は口を離してくれる。
グンタイアリも、そのうちどうにか自力でアゴを抜いてくれるのではと考え、その時を待ち続けてみた。
が、3時間以上が経過して攻撃の手が完全に止まっても、この個体は身動きが取れずにいた。軽くパニックに陥っているような挙動すら見せている。
あっ。やっぱり本当に、どうしても抜けないんだね。それを確認した上でそっと人力でアゴを抜いて解放してやる。
…まあ、すでに所属の軍隊はどこかへ立ち去った後だったのだが。
咬みついてから3時間後。すっかりお疲れの兵士さん。もう毒針を刺してくることもない。
身体の小さな働きアリも敵には果敢に咬みつき、毒針を叩き込んでくる。アゴがペンチのような形状をしているため、咬みつかれると兵隊アリに勝るとも劣らず痛い。
患部(指の甲)の写真。わかりづらいが、画面中央が兵隊アリに刺されて腫れている箇所。左手を計12箇所刺されたが、腫れも痛みも数時間で引いた。たいしたことねえな、グンタイアリ!(体質によっては重篤な症状を引き起こす恐れもあります。決して真似しないでください。)
たしかに個々の攻撃力は、毒ヘビやサソリと比べればたいしたものではないのないかもしれない。
しかし、グンタイアリのもっとも恐るべき点は数と俊敏さである。うっかり彼らのテリトリーを侵した瞬間に、あの執念深さと毒針を備えたアリたちが、何千、何万と襲いかかってくる。そんな場面を想像すると、恐ろしさで背筋が凍ってしまいそうだ。
どうか読者のみなさんも、アマゾンを旅する際はグンタイアリの行列をうっかり踏んだりしないよう気をつけていただきたい。
林床や草むらからトカゲやヘビが慌てて飛び出してきたら、それはグンタイアリが付近を進軍しているサインらしい。ここまで動物に恐れられる昆虫はやはりアリとハチの類だけだろう。社会性というのは、自然界における最強の武器なのかもしれない。