アラスカドライブそして川下り〜野生動物に会いたくて〜
アラスカドライブそして川下り〜野生動物に会いたくて〜
2014年夏 友人と共にアラスカへ飛んだ。日本からゴムボートを引っさげ渡米し、現地で雄大な自然を背景に川下りをしようという魂胆で。
アラスカ州は、カナダを挟んだアメリカ合衆国の飛び地。山と言えば北米最高峰のマッキンリー山があり、川と言えば偉大なる川という意味を持つユーコン川が流れ、海には毎年数百頭のクジラが押し寄せることでも有名な、アリューシャン列島を持つ。
写真家 星野道夫氏から受けた印象も強く、私の中でアラスカは大自然の象徴としてずっと憧れていた場所だった。
アラスカの玄関口 テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港へ到着して、最初に目に飛び込んできたのは巨大なハリバット(Hippoglossus stenolepis)の剥製。手前の二人よりずっと奥にあるのに、遠近法を無視したかのような大きさである。
プレートには、1996年に釣り上げられた459ポンドのワールドレコードと書いてあった。キロに換算すると、なんと約208キロ!
この剥製の前に立ったら「人が乗れるくらい大きい魚」どころの話では済まない。必然的に「この魚には人が何人乗れるんだろう?」という次元の話になってしまうだろう。
空港でレンタカーを借り、まずは向かったのはアンカレッジ市内にある知人の家。そこで、これからの旅に必要な情報を集めた。
クマよりも危険な巨大生物
これから川や山を歩くことになるので、一番気をつけなければいけないのはクマだと思っていたが、現地の人たちからすると少し違うらしい。
とは言え、川に行くなら持っておいた方が良いと言われた対クマ用の道具。クマスプレー、クマ鈴、ナタ。
知人宅に飾ってあった写真は、川で釣りをしてる時に撮影したものだという。グリズリーベアは絶対に見て帰りたい思っていたが、実際この場面に遭遇したら怖いだろうなぁ…。
そしてクマよりずっと危険だと念を押されたのは、意外なことにムース(ヘラジカ)だという。なんでも接触事故で、毎年多くの死傷者が出ていると言うのだ。
ムースといえばツノだけでこの大きさ。シカ科の最大種で大きいものになると、800キロを超えるというから、もし接触したなんてことになれば大事故になりかねない。…十分に気をつけよう。
翌朝、アンカレッジから南に伸びるキーナイ半島を目的地に定め出発した。
車窓に広がるこの景色を味わえただけでも、ここに来た意味があったなと思えるほど気持ちが良い。
時折、アラスカ鉄道と並走するシーンに出くわす。いつか乗ってみたいなぁ。
ムースが描かれた動物注意の道路標識。飛び石なのか弾痕なのか、穴だらけなのが気になる。完全に忘れかけていたが、銃社会に身を置いてることも念頭に入れ、より一層安全第一を心がけることに。
そして間もなく、道路脇に巨大な動物の影を発見した。
ムースだ!トレードマークのツノはないが、巨大な個体がこっちを睨んでいる。実際に見ると、首の短いキリン?と思うほどのサイズ感で、恐怖すら感じる。
草原が広がるビューポイントでも立派なムースを発見。この個体もツノは無かったが、優雅に草を食べる姿がこの国の自然を、ひとつの絵にしたように美しかった。この日、5〜6頭は目撃しただろうか。キーナイ半島では、かなりの密度で生息している印象を受けた。
ゴムボートで川下り
翌日、目的地の一つであるキーナイリバーにたどり着いた。この川では、日本から持ってきたゴムボートを使って川下りをするつもり。どんな生き物が見れるか楽しみだ!
下流側の駐車場に車を止め、ゴムボートを持って上流側に行く車に乗せてもらう。
10キロほど走った川沿いで降ろしてもらい、ボートを膨らませて川下りスタート。ライフジャケットは絶対に身につけよう。
川は見た目以上に流れが強く、所々渦巻いていたので、安全第一で慎重に流れ進む。キンと冷えた川の水をパッと手酌で飲んでみると、まるでミネラルウォーターかのような美味しさだった。そう、この川は雪解け水からなっているのだ。
ボートを操るのも徐々に慣れ、余裕を持って景色を見れるようになった頃、ふと岸を見ると異様に大きい後ろ姿をした鳥が目に入った。
白い頭はハクトウワシの証。アラスカに来たからには絶対に見たいと思っていた野生動物だったので、心拍数がグンと上がった。下流側にボートを止め、コンデジ片手にそっと近づいて見ることに。
まるでハクトウワシと「だるまさんがころんだ」をやっているかのように、時間をかけながら、すり足で徐々に距離を縮めていく。
近づくにつれケモノ臭がだんだんと濃くなってきた。半年ほど洗ってないイヌのような匂いと、鋭い眼光が突き刺さる。
手の届きそうな距離にまで詰める。太い脚とカギ爪で、掴んでいたニジマスをグッと握りしめた。骨の折れる音が響くと恐怖心が跳ね上がる。「これ以上近づくなよ」と、けん制を入れてきたのが分かった。この写真を最後に、ゆっくりと後ずさりした。
翼の生えた野犬とでも言うような威圧感。相手は人間の事が怖くないらしい。
ハクトウワシに別れを告げ、再びゴムボートに乗り下流に降った。しばらくして、ちょうど良い中洲を見つけたので休憩がてら魚釣りを楽しむ。このポイントは良く釣れた。夢中になって釣りを楽しんでいると、対岸からごく自然にクマが現れた。
すぐ対岸、ほんの数メートルの所に現れたアメリカクロクマ。あまりに自然に現れたので、僕らも驚き逃げるような事はなく「おぉー。クマ。」とその場で。僕らが魚を釣ってるのが羨ましかったのか、釣れた辺りの川の中を覗きこんでいる。
飛び込むのか?と期待したが、諦めて森の中に帰って行った。
日が暮れる前に駐車場がある地点まで戻り、川下りは終了。ゴムボートを畳んで車に積み、川沿いの道を海に向かって走り始める。すると今度はグリズリーの親子に遭遇した。
ひときわ大きな親グマは仁王立ちで川に立っていて、誰かが着ぐるみでも着てるんじゃないかと思ってしまうほどだった。人間では絶対に立っていられないような流量の中で、平然とベニザケを捕まえては食べての繰り返していた。15分ほど観察できただろうか。こんなに長い時間、野生のグリズリーベアを見ていられるのは運が良かったと思う。
海まで降るとラッコがお出迎え。背泳ぎしながらお腹で貝を叩き割るという、ラッコのイメージ通りの仕草を見せてくれた。
最後の日、ひときわ大きな鳥の影を見つけ車を止めた。
双眼鏡を覗き込むと、凛々しい顔のイヌワシが映った。この顔は何としてでも写真に残したかったので、双眼鏡のレンズに当時持っていた防水コンデジのレンズを押し当て、力技でなんとかその顔を捉えた。
苦労してイヌワシの顔を捉えた一枚。この時ほど良いカメラがあればなぁ…と思ったことはないが、双眼鏡を覗いた時にみたカッコ良い表情が映ったのでこれはこれで満足。
双眼鏡とデジカメを駆使して必死に撮影をしていると、真横で一台の車が停まった。「おまえ、いい鳥見つけたなあ!」とかっぷくの良いおじさんが出てくるや否や、バズーカのようなカメラを抱えたオヤジ集団が続々と車から降りて来て、バシバシと撮影を始めた。
俺の獲物を…笑
そう思いながらも、どうにも勝てない機材を見て、そっとカメラを仕舞いその場を後にした。
何かしら野生動物に出会えればいいなと思いアラスカを訪れたが、結果的には予想以上に野生動物と出会うことができた。アラスカの自然豊かさに感謝しつつ、次は大きなツノを持ったムースを写真に納めたいと本気で思っている。今年の夏こそは。