ガンユイ・スカイゲイザー・タイリクスズキ… 上海の淡水魚たちを釣る
ガンユイ・スカイゲイザー・タイリクスズキ… 上海の淡水魚たちを釣る
2016年のゴールデンウィークに僕は上海を訪れた。
旅の目的は、釣りだ。中国大陸の魚たちと触れ合いたかったのだ。
中国という国はどうしようもなく広い。どういった生態系で、どういった魚が生息しているのか、ほとんど見当もつかない。
実際のところを知りたいが、誰かに話を聞くのでは味気ない。どうせなら自分で釣り上げることでそれを学び、感じてみたかった。
という訳で、これから手軽に行ける中国・上海での釣りと、魚たちについてお話ししたい。
色々な魚と出会うことを目的としたこの遠征にも、一応のターゲットというものは定めておいた。中国語で「ガンユイ」あるいは英語で「イエローチーク」と呼ばれるコイ科の大型魚をメインに据え、それを狙う過程で釣れるであろう肉食魚たちとの出会いを楽しもうというプランだ。
また、心強いパートナーも同行する。
日本の水産系の工場長を務めている武藤さん。一見すると物腰柔らかで穏やかなおじさまだが、実はアジア各地で様々な魚を釣り歩いている熱狂的な国際派釣り師である。
僕はANA、武藤さんはJALを乗って、上海の玄関口であるプードン空港へも向かった。
ちなみにANAの場合はターミナル2に、JALの場合はターミナル1に着く。まあ、ターミナル自体は一続きになっており、歩いて往来することができるので合流は簡単だ。
空港でガイドスタッフと落ち合うと、さっそく水辺へ向かうべく車に乗り込む。公道を時速120〜140kmで走り続ける。
釣り場まではプードン空港から車でわずか2時間だという。海外釣行のポイントとしては、かなりアクセス良好な部類に入るだろう。
ここが今回宿泊するホテルである。
おそらく政府の政策のもとに建てられた施設なのだろう。基礎も頑丈そうだし、細部まで作りがちゃんとしている。
政府からの支援金も潤沢に出ていると思われる。
泊まるホテルの周りにはいくつもの施設が立ち並び、大変優雅である。
隣は食堂になっているようだ。
また、施設内には動物ふれあい広場(?)みたいなものまである。そこらに生えている草をちぎってヤギなどに与えて遊ぶこともできる。
ただこの施設、娯楽がそれくらいしか無いのだ。施設そのものは巨大で整っているものの、それぞれが大して面白い訳でもないし、時間を潰せるアミューズメントの見あたらない。また、何より静かなのだ。消音ボタンを押されたような、ひたすらシンとした空間に僕らはいた。
どうしてもやることが見つからないため、明日に備えて10時間もの睡眠をとった。
【釣行1日目】
惰眠を貪り終え、ついに朝を迎えた。
朝食を簡単に済ませ、釣り場まで行くためにスタッフを待つ。しかし、一向に来くる気配が無い。すでに8時を回っていた。そしてようやく、遠い地平線の向こうから車と思われる小さな点が現れた。
こちらへ近づいてくるにつれ、徐々にその姿があらわになってくるのだが…。
僕「まさか、迎えってあれじゃないですよね…?」
武藤さん「まさかぁ~。…ねぇ?」
そのまさかであった。ゴルフでも行くんでしょうか、僕たち。
とか言ってたら。5分で着いたー!!
なんということでしょう。
まさかホテルからこんなに近いなんて.
そしてまさか、スタッフのフー君が僕たちのガイドをするなんて!フー君はあんまりボートの運転が上手くないため、
僕「僕が代ろうか?」と助け舟を出すも、
フー君「僕の仕事です! 邪魔しないでください!」と気合入りまくり。
そういうことなら、頑張れフー君。
少しの不安を抱えたまま、釣りが始まった。
ここは○○湖(英名:パールレイク)という湖で、ガンユイが豊富に生息している。
しかし、国が管理する公園内に位置しているため、事前に許可を得なければ釣りをすることはできない。
ガンユイはどちらかというと温かい水を好むという。また、曇り空や雨風のある日よりもカンカン照りの日に活発に動く魚であるようだ。
獰猛な魚食生魚類であるが、体重20kgを超すようなサイズにまで成長し、40㎝以上あるハクレンまでも易々と食べてしまうのだという。
捕食方法が特徴的で、超高速で泳いで魚の群れを岸辺に追い込み、逃げ場を奪ってからバクバクと食べるそうだ。スピード&頭脳プレー。
…僕たちが事前に得ていた情報はそんなところだった。
だが、実際目の前にある現実はというと…。
巨大なガンユイが大きな魚を追っているような、エキサイティングな気配は一切感じられない。
追われているのは主に3cmほどの小魚。
琵琶湖の氷魚のような可愛いやつで、これまたそれに見合ったサイズのガンユイたちに岸に追い込まれ、食われている。
「おいおい…。巨大なルアーばっかり持ってきちゃったんだけど…。」
いきなり先が案じられた。
武藤さんも同じようなことを考えていたのか、ヤケクソ気味に巨大なポッパーを投げまくっている。
すると、ジュポっ!とルアーが吸い込まれた!
「ガンユイがぁーー!きたーー!!」
ウソ!さっそく僕も真似してビッグルアーを投げてみる。
するといきなり、ボコッ!とガンユイがルアーへアタックしてきた。しかし、針には掛からない!そうこうしているうちに午前の部は終了…。
竿を置き、お昼からは場所を変えようとフー君に提案してみる。すると、
フー君「何言ってるの?午後から別のスタッフがガイドするんだよ。」
僕「え、マジか。」
午後を迎え、噂の新スタッフが現れた。「謎のオヤジ」としか形容しようのない風体である。不安だ。
だが話してみると(言葉は全く通じないが)大変気さくなオヤジでいつもニコニコしていて感じが良い。
たまに僕が使っている日本製の釣竿(けっこう高い)を手に持ってじろじろ見ているが、そこは完全に無視した。さすがにそれはあげられないよ。
さて、午後に入ったポイントではものすごいボイルが発生していた。
この湖にいる様々な肉食魚たちが放水口に集まって小魚を食べまくっていた。
中にはメーターを軽く超すようなガンユイもいた。しかし、前情報のように「40cmもある大きな魚を追いかける」という光景には未だ遭遇できない。
そんな中,武藤さんに強烈なアタリが来た!
リールから糸がグングン引き出されていく!これはデカイ!きっと20kgオーバーのガンユイだ!
なんて期待していたら…。
日本でもおなじみのハクレン…。
こいつのせいで武藤さんは全身ヌルヌルになってしまった。
このハクレンをリリースした辺りから「今日は僕には何も釣れないんだなぁ…」などとネガティヴな悟りを開き始めていた。
しかし、そんな僕にもようやく僕強烈なアタリが!これが本日最後の魚になるだろうとじぶんにいいきかせ、慎重にやりとりを進める。
そして、獲ったー!!
獲ったー!!けど、なんじゃこの魚は!?
真っ黒の鮒のような魚.ガイドのオヤジ曰く
「こいつはでかいなー!(中国語は解せぬがそう理解した)」とのこと。
ダントウボウというコイ科の魚らしいが、ここまでのサイズは非常に珍しいという。
そしてこいつ、超美味しいらしい。じゃあ持って帰って食う?と提案してみたら、即座に
オヤジ「ダメ、絶対!」と、何かのポスターの文言みたいな答えが返ってきた。
どうもここの湖では徹底したレギュレーションが敷かれており、魚のキープや殺傷が一切禁じられているらしい。
そのおかげで巨大な個体が数多く生き残っているのだろう。
こうした資源保護は日本よりも進んでいる。この点については日本も見習うべきであると感じた。
巨大ダントウボウをリリースして、一日目の釣りは終了した。
【釣行2日目】
朝食を済ませ、この日も前日同様キャリーカーで湖へ向かった。
しかし、今日は昨日にもまして水面が静かだ。小魚すら追われていない。ひたすら平和だ。
しかもこの湖には大変厄介な要素がある。
湖底のいたるところにこんなものが沈んでいるのだ。
こんなのに針が引っかかると、ほぼ確実にルアーを失うことになる。水中を攻める場合は非常に神経を使うのだ。
浅瀬に魚はいないようだ。ならばと湖の最深部へ移動する(といっても、水深はせいぜい2.5m程度だが)。すると開始早々、竿先に違和感を覚えた。
ひったくられるというより、吸い込まれるようなアタリ。
なかなかパワフルで、ボートの近くまで引き寄せても何度も突っ込むように潜る。決してジャンプはしない。
なんだこの魚は!?
…スカイゲイザーだっ!!
初めて釣った魚。コイ科の大型魚で、釣りのターゲットとして人気が高いらしい。だが、僕の素直な感想は
「でっかいシシャモじゃん!!」というものだった。
へぇー、ルアー丸飲み!こいつ、よっぽど腹減ってたんだな。
この一匹で、確かに食い気のある魚がいることを確認。ルアーを投げ続けるモチベーションが高まった。
この一匹を釣った直後、また強烈なアタリが竿に伝わるがフッキングには至らず。ただ、間違いなく魚は活発になってきている。同じポイントを流し直すと…今度は掛かった!
糸の先にいる魚はめちゃくちゃ良いファイトを見せてくれる。スピードもパワーも、スタミナもある。いったい何者だ!
数度の突っ込みに耐えて上がってきたのは…。タイリクスズキだ!
そこまで大きくないが全身の筋肉が締まっており、重量感がある。
完全に隔離された内陸の湖にスズキがいるなんて、日本では考えられないけど素敵♪
そして、大物にも耐えられるはずの頑丈な釣り針をこんなに曲げてしまうほどの力を持っているとは…。
しかし!この一匹以降、魚からの反応がピタリと止んだ。
小魚たちは放水が行われる際に岸沿いに湧き、それを狙って大型の魚が動く。
だがこの日は全く放水が無かったのだ。さらに、風が吹いている。
ふと、「琵琶湖ではこんな日に長く繁った藻の中でブラックバスが良く釣れたな〜」とかつての体験を思い出した。
もしかしたら、ここでも同じ戦略が通用するかも?と思い立ち、藻が密集するエリアに移動した。風を読んで位置を決め、ボートを流しながらルアーを投げていく。
すると、水面で爆発音が!武藤さんのルアーに強烈なアタックがあったのだ。
しかし、間合いが近すぎて上手く針には掛からず…。
だがこれで「なるほど,確かにこの藻密集地帯に魚はいる!」と確信することができた。
自分も負けてはいられないと、水面でルアーを動かし続ける。すると、
「ドップゥ!」
と鈍い音を立ててルアーが水中に吸い込まれた。
次の瞬間、“そいつ”が身を翻して水面を割った。
「なんじゃ!デカイ!」思わず声が出る。
藻を絡めながら。強引に引き寄せる。
先ほどの個体よりもさらに大きなタイリクスズキであった。
やはり、捕食の瞬間を水面で目視できる釣りは他の何物にも代えがたい快感を味わえる。格別に楽しい。
勢いをつけたいところであったが、その後は続かず夕方を迎えて二日目の釣りは終了。
この日も夕食が済んでしまうとすることが無い。余った時間を睡眠に充て、明日に備えることにした。
【釣行3日目】
この日の朝は暗かった。外は一向に明るくならない。
昨日までと比べて気温が明らかに低い。しかも、辺りは10m先も見えないほどの濃霧に包まれている。
この天気は良くない。特にガンユイには。
釣りを開始するころには霧も晴れてきたが、湖はやたら静か。生命感が無い。
午前中は全くアタリ無し。ルアーを追ってくる魚影さえ見えなかった。
しかし、午後になると湖にある2か所の水路から短時間の放水が始まった。放水口の周りで小魚が暴れだす。水色も濁りはじめ、大型魚が小魚を追いはじめた。
僕が投げたルアーの真下。フワリと水がよじれる。
「何かが下にいる…!」
そして次の瞬間に、水面が激しく割れた。
「あぁっ!」と一言。
よく引く。強い!
針がしっかりと、深く相手の顎を貫いているのが直感でわかった。
落ち着いてボート際まで引き寄せ、取り込む。
でかい…!噛む力も、首を振る力も強かった。
立派なスカイゲイザーが釣れたことは素直に嬉しかった。
しかし、もう3日目である。未だにガンユイは釣れていない。
これではいけない。このままでは帰れないと少し焦りを覚え始める。
ここからはガンユイに狙いを絞ることにした。ガンユイたちが集まっているであろう岸辺の水路に向かうと、タイミングよく放水が始まった。
そこら中で小魚が暴れている。もちろん、それを食う肉食魚も…。使用したルアー。ウッド製のレッドペッパーマグナムという往年の名器。
水門の間近へルアーを投げ込み、何度かアクションをつけたところで、ふわっとルアーが持っていかれる。
あ、ガンユイだ。小さいけど。
一気に引き寄せて、初めてのガンユイを抜き上げる。
すごくスピードのある魚である。魚体に対して尾鰭が異様に大きい。
これはこの魚がひたすら速く泳ぐことに特化した進化を遂げたことを示している。
その後は数度アタックがあったものの、針掛かりには至らずタイムアップ。
一切妥協せずに、今日も丸一日投げ切った。
そして釣り終わりはすぐに飯!
旨い飯が待っている。そして僕らからの飯を待っているヤギもいる!!
ヤギに餌を与えたあとは、特にすることがないためベッドの上で目を瞑り、羊ではなくヤギを数えて無理やり眠りについた。
【釣行最終日】
この日もまた天気が変わった。
それまでは風が南風から吹いていたが、今朝からは北東風から強く吹いている。
気温は5度以上下がり、雨まで降り始めていた。
急激な天候変化で、浅く平たい湖の水温は肌で感じてわかるほど下がってしまった。
そして今日一日,どうアプローチするのかを武藤氏と考えた結果
・強い北風が吹いているため、もろに風の影響が受ける南寄りのエリアは避ける。
・東寄りの風裏エリアを中心に、水温の安定するであろう複数の障害物が絡むポイントを流していく。
以上の2点を心がけて動くことになった。
すると午前中だけで2人で3匹のガンユイを捕獲することに成功!
ただ、気がかりなのが大型個体が姿を見せないこと。そして小さなエリアであるため、何度も打ち直せないことだ。
よって、午後からは一発を狙う賭けに打って出た。
作戦は風の止んだタイミングで一気に南に下り、水温低下でも体温調整に耐えることができる巨大な個体だけを狙い撃つ。というもの。
僕と武藤さんはひたすら投げ続けたものの、一度だけ武藤氏のルアーにアタリがあったがそれ以後は何の音沙汰もない。
結局、最終まで爆風吹き荒れる中でルアーを投げ続けたものの、ドラマは起こらず時間切れ。
結局、今回の遠征で僕が釣った魚は
①ダントウボウ
②スカイゲイザー
③タイリクスズキ
④ガンユイ
の4種類であった。武藤さんの
⑤ハクレン
も加えると、今回出会えた魚はトータルで5種類。
中国の魚類たちが織り成す生態系を、ほんの少しだが垣間見れた気がする。