オオウナギ!タウナギ!ヤツメウナギ!ヌタウナギ! ニホンウナギじゃない「○○ウナギ」の味
オオウナギ!タウナギ!ヤツメウナギ!ヌタウナギ! ニホンウナギじゃない「○○ウナギ」の味
今日、7月30日は2016年夏における唯一の「土用の丑の日」である。
土用の丑と言えば、夏バテ防止のためウナギを食べて精を付ける風習が江戸末期から続いている。
ここでいうウナギとは、ニホンウナギ(Anguilla japonica)のことである。土用の丑といえばニホンウナギ。しかし、絶滅危惧種に指定されて以来なにかと食べづらい存在に。
今夏の土用の丑は本日7月30日のみ!街には日本人の鰻欲を煽るのぼりやポスターが溢れている。
しかし、ニホンウナギは2014年に国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定され価格が上昇してしまった。
しかも、資源の減少が声高に叫ばれているのだから、価格面だけでなく倫理的な観点からも手を出しづらくなっている。食べることを後ろめたく感じてしまう人もいるだろう。いろんな意味で食べづらくなってきているニホンウナギ。では、ほかのウナギでは代わりにならないものか?
…では、「その他のウナギ」で精をつけてみてはどうか。
日本国内には、ニホンウナギ以外にも「〇〇ウナギ」と名の付く魚がいくつか生息しているのだ。
ここでは、それらの味を解説、ニホンウナギの代用にならないものか検討してみたい。
1.オオウナギ
まず、主として南西諸島に分布するオオウナギ(Anguilla marmorata)。
日本国内に生息するウナギ科魚類はニホンウナギとこのオオウナギの二種のみである。
オオウナギはニホンウナギと同所的に生息することもあるが、外見があらゆる点で大きく異なるためニホンウナギと混同することはまず無い。
さらにこの魚はその名の通り全長2メートル、体重は20キロに達すると言われる巨大魚である。
ところで巨大ウナギと聞いて、日本人ならその食味に関心を寄せずにはいられないはずだ。オオウナギは大型のもで全長2m、体重20kgに達するという日本最大級の淡水魚。黒い班が散らされた黄褐色の地肌からは、むしろウツボのような印象を受ける。このまだら模様から奄美大島などでは「ゴマウナギ」と称されることも。
しかし、「巨大ウナギ」とは我々日本人をときめかせまくるワードである。
この巨体でニホンウナギと変わらぬ味ならば、さぞかし食べごたえのあることだろう。……誰もがそう期待するところであるが、残念ながらオオウナギの身は脂の乗りが非常に薄く、ニホンウナギとは似ても似つかぬ固く締まった肉質なのだ(反対にオオウナギは脂が乗りすぎていているという意見もたまに聞くが、これはおそらく加熱により溶け出した皮の膠質を脂肪と誤認したことによるものだろう)。
大きく裂けた口と、それを縁どる厚い唇は雷魚のよう。オオウナギの顎の力は凄まじく、カニ類を殻ごと食ってしまう。このことから「カニクイ」なる別名もある。しかも、大きな獲物に対しては噛みついた後に体を勢いよく回転させて肉を食いちぎる荒技(通称:デスロール)をぶちかます。もし捕獲の際に誤って指でも噛まれたらと思うと…。
体表のヌルヌル具合はニホンウナギに勝るとも劣らず。しかも凄まじい力で巨体をくねらせるので、手でつかむのは至難。
こうした低脂質、筋肉質なアスリート系の身肉は南国の魚にありがちな特徴であり、蒲焼きには最も向かないタイプでもある。蒲焼きではなく、煮つけやエスニックな味付けの揚げ炒めなどにするとそれなりに美味いのだが、ウナギの代用にはなり得ない別物の味である。焼けた皮目の香ばしさはやはりウナギのそれに近いので、余計残念に思えてならない。
脂気が少なく、身質がしっかりしている。そのため蒲焼きよりも、煮つけにするか、写真のようにエスニックな味付けの炒め物にするのが良い。
だが、ニホンウナギと比較すると生息域の狭いオオウナギは絶対数も少ないはず。もしも味がそっくりなら、ニホンウナギよりもずっと先に絶滅の危機に瀕していたかもしれない。
オオウナギよ、さほど美味くないおかげで助かったな。
2.タウナギ
続いて紹介する「あれじゃないウナギ」は本サイトでも捕獲方法を取り上げているタウナギ(Monopterus albus)。
オオウナギはニホンウナギと同じウナギ科の魚だったが、こちらはタウナギ科という縁もゆかりも無い分類群に属す。
ウナギの名は、単に体型が似ていることからついたものである。いわゆるウナギ体型ではあるが、まともにヒレが無いなど、よく観察するとニホンウナギとはかなりかけ離れた姿をしている。他にも鰓呼吸と同時に空気呼吸を行うなど、雌から雄へ性転換する、泳ぎが極端に下手くそ、などなど、魚類全般を見渡してみてもかなり異端な存在。
湿地を好む性質ゆえ田園地帯に多いことから「田鰻」なのだが、実はこの魚、もともと日本にいた種ではない。
近代以降に原産地である中国大陸から移入された外来生物である(ただし、近年の研究で琉球列島産の個体群は在来の別種であることが明らかになった)。あまりにも魚らしくない姿から、ヘビだと勘違いされることもしばしば。
そして、そんな異様な姿のタウナギだが、意外にも原産国の中国や台湾などではポピュラーな食材として親しまれており、炒め物や麺料理の具として日常的に利用されているようだ。しかも、ニホンウナギと同じく滋養強壮に効果のあるスタミナ食材だという。
…ということはきっと美味しいはず。これはウナギの代用となり得るか?
肉の色が赤黒い…。体の中まで魚っぽくない奴だ。
歯触りがとてもプリプリ、コリコリしていて蒲焼きにはイマイチ合わない。残念。
…だが蒲焼きにしてみると、歯ごたえが強くてニホンウナギとはまったくの別物になってしまった。
だが、この魚は原産地に倣った味付けと調理を施してやるとガラリと化ける。
タウナギの青椒肉絲風。細切りタウナギのサクサクした歯触りは豚肉に通ずる部分がある。餡かけの具にしても良い。
細かく切って中華の具材にすると、独特の歯ごたえが心地よく、文句なしに美味しい。
ニホンウナギと方向性はまるっきり違うが、タウナギも間違いなく良食材であると言えるだろう。
3.ヤツメウナギ類
ウナギ科ではないタウナギを紹介したが、続いての「〇〇ウナギ」はさらにニホンウナギから縁遠くなる。
なんせ、厳密に言えばそもそも魚類ですらないのだ(広義の魚類として扱われることもある)。
魚類(硬骨魚類・軟骨魚類)ではなく「無顎類」という分類群に属すヤツメウナギたちである。
北海道の河川で捕獲されたカワヤツメ(Lampetra japonica)。日本で食用・薬用に供されるヤツメウナギはほとんどがこの種。ヤツメウナギ類もサイクルは大きく異なるが、ニホンウナギと同じように海と河川を往来する。
無顎類というだけあって、ヤツメウナギは上下に開閉する顎を持たない。その代わり、円い吸盤状の口を持ち、そこには独特な形状の歯が並んでいる。この口で水底に張り付いたり、サケなどの体表に取り付いて組織を溶かして食べたりする。
口の構造がなかなかホラーだ。
また、八つ目とはいうが実際のところ眼は普通に一対しかない。
これは本物の眼の後方に丸く空いた七対の鰓孔を眼に見立てた名である(八つ目の目は「眼」ではなく、「目盛り」という意味合いではという説もある)。
ヤツメウナギの名は体側に並ぶ8つの鰓孔を眼に見立ててつけられたもの。……でも、それならヤツメどころかジュウロクメウナギになるのでは……。
そしてやはり、この魚にも滋養強壮はじめ様々な薬効があるとされ、一部で食用(あるいは薬用)にされている。「〇〇ウナギ」はどいつもこいつもスタミナ源扱いされがちらしい。
ヤツメウナギ類は東北地方の郷土料理として食されることが多いが、実は東京でも蒲焼きを味わうことができる。浅草の「八ッ目鰻本舗」は関東では貴重な、いつでもヤツメウナギを食べられるお店。
精がつくとして浅草で愛され続けるヤツメウナギの蒲焼き。かなり味付けは濃いが、美味しい。鼻に抜ける独特の風味は普通のウナギと一味違う。なんだか元気が出そうな気がしてくる。
ヤツメウナギ(おそらくカワヤツメ)の蒲焼きを購入して食べてみた。食感はかなり弾力が強くシコシコしているが、タウナギほど硬くはない。これはこれでなかなか美味しい。当然、ニホンウナギとは別物で独特の風味とクセがあるので、多少人を選ぶかもしれないが。ごはんのおかずというよりも、酒のアテとして食べるべき品か。
また、東北地方の一部地域では、ぶつ切りにされて煮込みやみそ汁の具にもされるそうだ。ニホンウナギがそうした料理に使われることはほぼ無いので、やはり食材としての性質が根本的に違うのだろう。
干したヤツメウナギも健康食品として流通している。
4.ヌタウナギ類
さらにヤツメウナギと同じ無顎類には「ヌタウナギ」なる生物たちも分類されている。
こちらは八つ目どころか眼が退化して一つも無い。なんでお前らはそう極端なんだ。
ヌタウナギ(Eptatretus burgeri)。眼は退化して皮下に埋没してしまっている。かつては「メクラウナギ」という和名があてがわれていた。
ヤツメウナギとはまた違う歯並び。でもやっぱりおっかない。
ヌタウナギの「ヌタ」とは、体表から分泌される大量の粘液に由来する。
正確には粘液そのものではなく、その素となる一種の吸水ポリマーを分泌し、それに周囲の海水を吸い込ませてゼリー状のヌタを作り出す。
このヌタは敵を撃退する武装として機能しするものである。
大量の「ヌタ」。これはほぼ海水を固めただけの物質なので食べることはできない。
見ようによっては巨大なミミズのようでもあるヌタウナギ。これはさすがに食べないだろう!と思いきや、おとなり韓国では「コムジャンオ」の名で高級食材、しかもやっぱりスタミナ食として親しまれているらしい。
さらに日本国内でも秋田県では深海性のヌタウナギ類を「棒アナゴ」と呼んで珍重、塩焼きにして食すという。
ヌタウナギのネギ塩炒め。
たしかに、加熱するとコリコリしていてヤツメウナギ以上に良い食感である。タコに似た強い旨味があってとても美味しい。
特に炒め物にすると独特の歯ごたえを存分に楽しめて良い。韓国でもやはりコチュジャン炒めが人気メニューなのだとか。やはり、日本であまり馴染みの無い食材は本場の調理法に倣うのが間違いない。
総括:美味しいものもあるが、どれもニホンウナギの代用にはならない!
というわけで、「〇〇ウナギ」たちはそれぞれなかなかに美味だった(オオウナギは、わざわざあの巨体を締めてまで食べるほどのものでもない気もするが…)。そして、ほとんどが滋養強壮に効く食材として扱われていることもわかった。夏バテ対策の食材としては、かなりポテンシャルが高そうだ。
だがしかし、彼らがニホンウナギの代わりに蒲焼きとなって、土用の丑を盛り上げてくれるかといえばNOであろう。ニホンウナギのあの脂の乗った柔らかく味濃い肉は、決して他の魚で代用することができないオンリーワンの個性なのだ。
現状、もはやすがれるのは近畿大学が手掛けているナマズ養殖技術の進歩しかないのかもしれない。
一日も早く、また気兼ね無くウナギの蒲焼きを食べられる日が来ることを願わずにはいられない。
だが、まず我々が望むべき努めるべきはニホンウナギの再生、復活である。いつかかつてのように、難しい話抜きに、「美味しい!美味しい!」と一心不乱にウナギを食べられる日々を取り戻さなければならない。
資源量が~とか、絶滅危惧種なのに~とかいう考えが頭をよぎっていたのでは、せっかくの美味が台無しである。
ウナギを食べる際に気にするのは、せめて懐具合だけにしたいものだ。