『神の魚』ゴールデンマシールを求めて (ネパール・サラダリバー)
『神の魚』ゴールデンマシールを求めて (ネパール・サラダリバー)
『悪魔のナマズ・グーンシュ』をインドで釣りあげた一年前、私は『神の魚』と呼ばれるゴールデンマシール(Tor putitora)またの名をサハールを追って、ネパール西部を流れるサラダリバーを下っていた。
ここに記すのは、その6日間にわたる釣行と冒険の記録である。
2014年11月8日 ナマステ!カトマンズ
私はネパールの首都カトマンズのトリブバン国際空港に降り立った。イミグレーションの長蛇の列をやっと通過した後、空港の外に出てみると、排気ガスの匂いと砂煙、そして、今回の旅の手伝いをお願いしていたヒマラヤンフィッシングツアーズのネタンが暖かく出迎えてくれた。
トリブバン国際空港で4時間ほど、ネタンと今回の釣行の予定等を確認した後、再びネパールの国内線に乗りこみ、私達は次の目的地ネパールガンジの空港へ向かった。
国内線、buddha airline。初めて聞いた航空会社。狭い機内に私とネタンは押し込まれるように搭乗した。
ネパールガンジまで40分のフライト。プロペラの向こうにヒマラヤ山脈の頂を見下ろす。
素晴らしい景色とプロペラ機の激しい揺れに酔いしれた後、ネパールガンジの空港に到着した。
既に辺りは暗くなっており、我々は空港近くのホテルで休む事となった。
『2014年11月9日 神の魚!降臨』
翌朝、万国共通で釣り人の朝は早い。まだ日が昇る前から我々は起きて準備に取り掛かった。
今回の釣行をサポートしてくれる現地ガイドと料理人達4名と合流した後、ジープに載せられるだけの資材と食料を積み込み、ネパール西部を流れるサラダリバーへ向かった。
川岸にジープは到着し、ボートの準備と荷物の積み替えを行い、その後、川岸のレストランでキャンプ生活に入る前の最後の食事をとった。
ジープ一杯の荷物。この時は多くの荷物と我々6名を乗せるボートが小さなゴムボートだとは、この時知る由もない。余裕の表情。
このボート1隻で我々6名とニワトリ2羽そして大荷物を載せて川を下る。
今回旅のガイドをしてくれたネタン。私が根掛かりをする度に『fish on !?』と聞くのが口癖
そして、昼食を終えた我々とニワトリ2羽(おすぎ&ぴーこと命名)を乗せ、ボートは静かにサラダリバーの流れに乗った。
川を下ること1時間ほど。いよいよゴールデンマシールの生息するポイントに入ったということで、めぼしい場所で船を岸に寄せてはルアーを投げた。
遊泳能力の高いゴールデンマシール。強い流れの瀬でも貪欲にルアーを追ってくる。
するとさっそく、最初のポイントで自身にとって初となる『神の魚』が降臨。
これが『神の魚』と崇められるゴールデンマシール。金色に輝く鱗と、世界の淡水魚の中でも2番目だと言われる遊泳能力を活かした強い引きを楽しんだ。
その後、ボートで下りながらキャストすると、再び『神の魚』が!
次のポイントで中洲に上陸し、ルアーをキャストするとまた『神の魚』。
初日からゴールデンマシールのオンパレードとなった。
夕方まで強い引きを存分に楽しみながらひたすら川を下り続け、我々を乗せたボートは初日の目的地である、名も無い川岸にたどり着いた。日が暮れる前に大忙しで宿泊の準備を行う。
これから数日はこのテントが我が家となる。早速、日本の家族が待つ我が家が恋しくなる!?
夜間はエサのぶっこみでひたすら鈴の鳴るのを待つ
川岸にテントを張ったり、夕食をとったりと慌ただしく夜を迎え、その晩は竿2本に餌を付け川に投げ込み、そして新居で眠りに落ちた。
もちろん、竿先には鈴をつけて…。
『2014年11月10日 川のコブラの襲来』
時差ボケのせいであろうか、夜が明ける前に微かな鈴の音と共に目覚める。テントから這い出ると2本放置していた竿の1本が小刻みに揺れていた。
すかさず竿を持ってみると、意外にも結構な重みが伝わってくる。
昨日のゴールデンマシールとは違い、スピードはないが、力強さを感じる。
上がって来たのは90cmのコブラスネークヘッド(Channa marulia)。まさかの2魚種目のゲットであった。果報は寝て待てとはよく言ったものである。
2魚種目のコブラスネークヘッドを釣りあげる。タイに分布する同種より大型かも?
その後、テントを畳んで再び川を下る。その日は相変わらずの小型のゴールデンマシールと一匹コブラスネークヘッドを追加で釣りあげた。
『2014年11月11日 野生の王国で続くカレー生活』
釣れ続ける小型のゴールデンマシールは、いつしか歓迎されない存在となった。そして同時に、毎日続くカレーにも徐々に嫌気がさしてきた。
人間とは本当に欲深いものだと驚かされる。
毎日カレーの生活に少しずつダメージを受ける。
この日は、釣りながら川岸の方の野生動物にも注意を払う余裕が出てきた。鹿。日本の山で遭遇するものより警戒心高め。やはり捕食者の存在ゆえだろうか?
顔が黒い猿…赤くない猿の顔がとても新鮮。
夕方になって上陸した岸には、大きな足跡が…。
象は穏やかなイメージがあるがお腹がすくとテントをあの巨体で襲うこともあるという。
野性の象の足跡である。この地域に生息しているとは聞いていたが、我々が宿泊する場所まで降りてきているとは…。
驚かされると同時に、ネタンたちが夜間に薪の火が消えるのを非常に気にしていた理由がやっと理解できた。
あれは、象も含めて野生動物の接近を防ぐためのものだったのだ。
いまさらだが、ここは野生の王国なのである。
必死で薪を集める料理人とガイド達。3日目でやっとその謎が明らかに…。にしても大きすぎる薪。
この日も十分に釣りを楽しみ、不思議といつもより美味しく感じるカレーを頂いた後、この夜も暗い川に餌を投げ込みテントに潜り込んだ。
この日は、深夜に激しく鈴が鳴った。寒空の中でも慌てて飛び起きるほどである。
石で固定してある竿から、スピードは無いが力強く糸が出ていき、リールが逆転する音が暗闇を引き裂いた。
竿を持っていかれまいと竿に飛びつこうとしたその瞬間、その強靭な何者かの引きはピタッと止まった。
唖然として、しばらく立ちすくんだが、ふと我に帰り竿を握った。
何度も何度も強く引っ張ってはみたが、その何者かは微動だにしない。
ただ対岸まで糸が出されていることだけは判った。恐らく、その何者かは対岸の大岩の下へ潜り込んだようで、ボートを出して糸を手繰り寄せたいところではあったが、暗闇と流れの速さ、そしてワニの生息地ということもあり、その晩はボートを出さずに翌朝まで竿を放置し様子を見る事とした。
なんとも不完全燃焼な気持ちで再びテントに潜り込んだ。
『2014年11月12日 川に消えた私の企み』
翌朝、夜明け前に再び目を覚ました。時差ボケは依然続いているようで、私が一番の早起きである。
朝の一服をしながら薪の炎にあたっていると、昨日まで2羽居た筈のニワトリの内、1羽である『ぴーこ』が見当たらないことに気付いた。
ワニにでも襲われたのではないかと川岸も探してみたが、姿が見えなかったのである。
あっ!昨晩のカレーは確か絶品のチキンカレーだった…。どうやら『ぴーこ』はネタンに襲われたようだ。さようなら『ぴーこ』。
旅の仲間を失ったが、気を取り直し、皆が起きたと同時に昨晩の何者かを回収しようとボートを出した。この大岩の下に何者かは逃げ込んだようであった。
ボートを対岸にある大岩に寄せてあらゆる方向に引っ張ってみるが、一向にビクともしない。1時間ほど試行錯誤しては見たが、ついに諦めて釣り糸を切る事となった。一体あの大物は何であったのだろうか?
その日も川を下る。上流とは若干景色も変わっていき、少しずつ『神の魚』のサイズも上がって来た。
中々のサイズのトールマシールがHIT。何故だか?ネタンが持って記念撮影…。
現地ではマリーと呼ばれていたが、帰国後調べてみるとワラゴアッツーであることが判明。
同時に釣れる魚も変わってきた。トールマシール(Tor tor)やワラゴアッツー(Wallago attu)が次々とヒットした。その日の釣果には満足した。
現在までトールマシール2匹、ワラゴアッツー1匹、コブラスネークヘッド3匹、ゴールデンマシール30匹程を釣りあげており、十分な釣果ではあったのだ。
しかし、今回の釣行はあくまで巨大ゴールデンマシール『神の魚』を釣りあげるのが目的。まだその目的は達成できていなかったのである。
最後の決戦のエサ釣りで夜間回遊してくるであろう大型のゴールデンマシールを狙い撃ちしよう。それに昨晩の強烈な引きを見せつけ逃げ去った大物も多いに気になる。今夜はいつもより早い時間から餌を投げ込み、竿の前で鈴が鳴るのを待ち続けた。
1時間程待っただろうか、いきなりけたたましく鈴がなり竿が曲がった。「ジリッジリッ」とドラグがなり、力強く糸が引き出されていく。昨晩と同じ引きだ!咄嗟に思った。私は竿に飛びつき暫くラインを送り込み、そして渾身の力を籠めてアワセを入れた。
『オラァァ!!』
そして…
『のった!!』
思わず叫んだ。
これが大物への最後のチャンスかと思うと、やり取りも自ずと慎重になる。慌てずに糸を巻きながら、じわじわと距離を詰めていった。
そして、やっとの事、水際まで引き寄せることができた。私は思わず叫んだ『出でよ!!巨大な神(カミ)の魚よ!!!!』………
そして、ライトに照らされた水際には巨大な亀、ガンジススッポン(Aspideretes gangeticus)が横たわっていた。
水際に現れたのはガンジススッポンであった。あまりの大きさに私たち『神の魚』を忘れ驚愕した。
推定50㎏の巨大ガンジススッポン!ワシントン条約附属書Iに記載されている大型種。
ネタンにはこのスッポンを食べてみたいとせがんでみたのだが、却下された。
このエリアでは釣りに関しては許可されているが、獲物を殺して食べる事は禁止されているのだという。
一通り撮影をし、四苦八苦しながらフックを外し、「巨大スッポンを食べて、偉大なパワーとスタミナを身に着け帰国する」という、私のふしだらな企みと共にガンジススッポンは川に消えていった。
我々は興奮冷めやらぬ中、最後の夕食を皆で輪になって食べ『おすぎ』に別れを告げた。
そして、その後は、一度も鈴の音が鳴ることはなく朝を迎えた。
2014年11月13日 さらば!サラダリバー
最終日は再び、小型のゴールデンマシールを釣りながら川を下り、そして最終目的地に到着した。
今回は残念ながら、巨大ゴールデンマシールには逢えなかったが、多くの魚達とスッポンを手にする事ができ、大満足で旅を終えた。
そして私はカトマンズ行のbuddha air に飛び乗った。
またこの地を訪れて、次こそは‟真の”神の魚に逢うことを誓って…。
あとがき
今回の釣行でガイド達、特にネタンとは素晴らしい時間を共有し、友情が芽生えた。
その後、ネタンは長女を授かりパパになったのだが、その長女が『ナベタ』と名付けられた事には大変驚かされた。今回の旅は魚だけではなく、かけがえのない友人との出会いにもつながったのだ。
※今回の釣行記をまとめた動画。こちらもぜひ。