「東京海底谷」へ日帰りの深海魚探索へ!
「東京海底谷」へ日帰りの深海魚探索へ!
東京湾は深海魚の宝庫
我が国における海上交通の要、東京湾。
沿岸部を取り囲むのは東京都心のメガロポリスをはじめディズニーリゾート、京浜工業地帯…。まさに大都会の海と呼ぶにふさわしいこの湾だが、実はあまり知られていない意外な一面を持っている。深海生物の宝庫なのだ。
工業地帯を横目に、東京湾の深海域「東京海底谷」を目指す。
そもそも、東京湾に深海なんてあるの?という声すら聞こえてきそうだが、知る人ぞ知るとびっきりの深海エリアが存在しているのだ。湾の入り口に切り立つ海底渓谷の名は「東京海底谷」。実に水深500メートルを超えるその海域に今、国内外の研究者が熱い視線を注いでいるのである。
この東京海底谷に深海生物が豊富である理由の一つは、首都圏の発展ぶりにあるとも言われている。大都会東京と、その近郊都市から河川を通じて流れ込んだ有機物が海底谷の生物を育て、増やしているというのだ。
では、その豊かな漁場へ釣り針を落とすと一体どうなるのか?試してみよう。
フィッシングボートをチャーターし、いざ深海探索へ!
ただ残念ながら、「深海魚釣り」というメニューを看板に掲げている釣り船は東京湾にはほとんど無い。
よって、東京海底谷の深海魚を釣るにはそういうおかしなリクエストに応じてくれる船頭さんを見つけて、船を一日チャーターしなければならない。
え?深海魚を釣るなんていう一大イベントを敢行するのに一日で足りるのかって?
…足ります。日帰りOKです。ここ、東京湾ならね!
東京海底谷は深海鮫天国!
さて、釣り針に魚の切り身を刺して、深海底へ沈める。どんな魚が掛かってくれるだろうか。
電動リールの水深カウンターが600メートルを超えた!一口に深海といっても、水深によって出会える魚たちの顔ぶれは変わってくる。時には水深1000メートルを超える深場に挑むことも。
仕掛けが深海底に落ちると、早い時では数分以内に魚の反応がある。深海魚というのはそれほどたくさんいるのか、あるいはエサに対して異常に敏感なのか。竿先がコツコツと叩かれたり、グイグイ引き込まれたりとそのアプローチはさまざま。
きっと、いや間違いなく、今エサをつついているのは今まで見たこともない魚だろう。仕掛けを投げ込む度に未知との遭遇が訪れるのだ。こんなにワクワクする遊びがあるだろうか!
ああ、早く仕掛けを引き上げたい!
掛かったぞぉぉぉー!!
満を持して釣り糸を巻き上げる。なかなか仕掛けは上がってこない。じれったい!
それもそのはず。東京タワーの、あるいはスカイツリーのてっぺんから地面へ釣り糸を垂らしているようなものなのだ。それを直径数センチしかないリールの軸にちまちま巻き付けて回収するのだから、時間もかかろうというもの。
5分、10分…、いや下手をすると20分ほど経っただろうか?水面に白い魚影が浮かび上がった。
何だ?サメだ!深海鮫だ!
釣れたのは東京海底谷名物、深海鮫!
水深400~500メートルで釣れたヘラツノザメ。東京海底谷でもっとも頻繁に釣れる深海ザメだ。
東京海底谷には多種多様な深海性の鮫が生息していることで知られている。代表的なものを挙げるとすれば、ゴブリンシャークの英名で知られるミツクリザメ、太古の昔からその姿を変えていないラブカなどであろう。
だが、それら以外にもヘラツノザメやカグラザメなど、興味深い深海鮫たちがこの海には数多く潜んでいる。釣り糸を垂らせば、ファンタジー小説に出てくるモンスターのような鮫たちが釣れてしまうのだ。こんなに素晴らしい非日常が、東京湾で味わえるなんて!
緑がかった美しい眼が深海鮫の特徴。これは網膜の背後にある「タペータム(輝板)」という反射板によるもので、種によって少しずつ色合いが違う。
こちらはアイザメの仲間。水深600メートルからやってきた。この個体は小型だが、最大で2メートル以上に成長するという。
200~300メートルと比較的浅い水深でよく釣れるエドアブラザメ。悪そうな顔つきと、青みがかった眼が印象的。
さらに浅い200メートル前後で頻繁に釣れるのはこのフトツノザメ。生息水深が浅いためか、外見は一般的にイメージされる「サメ」のそれに近い。
こちらは漁師の網にかかったミツクリザメ。東京海底谷はこのサメの世界でも有数の産地。(写真提供:六車香織)
捕食時などに顎が前方へ突き出す。この形相から「ゴブリンシャーク」の名でも知られている。(写真提供:六車香織)
鮫以外の深海魚もたくさん!
もちろん、釣れるのは深海鮫ばかりではない。
ホラアナゴ、アコウダイ、バラムツ…。東京海底谷には鮫以外にも様々な深海魚が生息している。
初夏の東京湾に大挙して押し寄せるシマガツオという魚。「エチオピア」という別名も。釣り上げた直後は写真右のように美しい銀色だが、手や船の甲板に魚体が触れるとあっという間に黒く変色してしまう。
食べるとお尻から油が漏れ出てくることで知られるバラムツやアブラソコムツも東京海底谷には生息している。
小田原蒲鉾の原料となることで知られるギス(オキギスとも)という魚。水圧の高い深海から急に浅場へ引き上げられたため、眼が飛び出してしまっている。
メヌケ類、いわゆるアコウダイの仲間もしばしば姿を見せる。一匹数万円の値が付くこともある超高級魚だ。高級魚といえばキンメダイやアカムツ、アブラボウズなどが姿を見せることもあるそうだ。
水深350メートルから現れた巨大なダイナンアナゴ!…実はこの魚、深海に限らず湾内のごく浅い場所でも獲れる。東京湾の豊かさを象徴する魚の一つだ。
ホラアナゴ類は海底谷に一番多い魚だろう。口に入るものはなんでも、入らないものでも食いちぎって食べてしまう、深海底の掃除屋さんだ。
このホラアナゴの口の中には珍しいお客さんが。
魚の口腔内や鰓に寄生する等脚類、ウオノエだった。このウオノエはホラアナゴ類にのみ寄生する「ホラアナゴノエ」なる種なのだそうだ。
食べても美味いぞ!深海魚
また、意外に思われるかもしれないが、これらの深海魚の多くは奇妙な外見に似合わず、美味しく食べることができる。
ホラアナゴの蒲焼き。味も見た目もマアナゴの蒲焼きにそっくり!
キンメダイやアカムツは言うに及ばずだが、深海鮫やホラアナゴも調理次第で高級魚顔負けの味となる。
ヘラツノザメの刺身。深海鮫は鮮度にさえ気を付ければ生でも美味い。だが、ちょっとでも鮮度が落ちるとアンモニア臭くなってしまうのだ。
同じくヘラツノザメのフライ。多少アンモニア臭が出ても、フライにしてしまえば美味しく食べることができる。
美味しいお土産までゲットできる、日帰りプランの深海探索。暖かくなってくるこれからの季節に、あなたもトライしてみては?きっとエキサイティングな、一生忘れられない一日になることだろう。